『残念だけど、人違いですっ!!』裏

『必ず、式典にカイを連れて来て下さい』


 そう書かれた手紙が、妹にして今や『八英雄』の一人になったクレアから届いたのは、魔王討伐の報が大陸中を駆け巡ってから、数か月経った後のことだった。

 言われずともそのつもりだったが、その手紙に書かれていたことは目を疑う内容だった。


 曰く『彼は私達全員と知己であり、また全員にとって師のような存在』

 曰く『私以外の七人が魔王を討伐した理由は彼にもう一度再会する為』

 曰く『私達は、彼を国境紛争地帯の領主にします。既に各国了承済み』 


 そんなバカな事が……いや、我が妹ならやるだろうし、カイならあり得る。

 何せ、うちの領土に辿り着くまで、大陸中をふらふら――人跡未踏の地も含めて――していた男だ。

 その最中に、何も考え無しに多くの人間を助けていたのは間違いない。

 悪ぶってはいるが、あれで極度のお人好しなのだ。

 そして、妹はとにかく一途である。

 傍から見れば惚れているのは一目瞭然。

 領地内でも公然の秘密だったのだが、本人はバレていないと思っているところが可愛いものだ。

 そして、カイの為、と思い込んだら大概の事をやってのける。

 それこそ今回のようなとんでもない事を。


 発想の飛躍に少々戸惑うが、おそらくは――自分が偉くなる事で、あいつを強制的に押し上げるつもりなのだろう。

 紛争地帯とはいえ、あの辺りは下手な国家を遥かに凌ぐ程、広大かつ資源も豊富だと聞いている。

 彼女達の力を考えれば、これから数年後の繁栄は約束されたも同然だ。

 

 問題はカイが逃走を図ることが目に見えていることか。

 あいつは、地位や名誉に欠片も価値を感じていない。

 ここ数年、我が領地――ダカリヤ伯爵領を若くして継承した私を助けてくれたのは『単に悪友が困ってそうだから助ける』というだけに過ぎない。

 間違っても、ヨハン・ダカリヤ辺境伯に恩を売っていた訳ではないのだ。

 

 そして、あいつは強い。


 下手すると『八英雄』に匹敵、もしくはそれ以上に。

 その力がなければ、我が領土は魔王軍に蹂躙されていただろう。

 公式には、辺境騎士団によって討たれたと報告(カイが絶対に譲らなかった)した骨龍も、結局のところあいつ一人で倒したようなものだ。

 しかし――そんな奴の下に『八英雄』が集まり、国境紛争地帯とはいえ領土を得たらどうなるか? 普通の国家なら脅威に感じる筈だ。

 それを何故、各国の王達が認めたのだろうか……何か、特別な訳があるに違いない。

 私はそれを確かめるべく、嫌がるカイを連れて王都へ旅立ったのだった。



『各国はその案に全面同意している。むしろ、強引にでも、何が何でも、無理矢理受けさせることで断固一致している。そうでなければ――恩義を返せない』


 王都にて、私が受けた各国王及び有力諸侯からの説明はこの文章に纏められる。

 どうやら、我が悪友は大陸各地で余りにも返しきれない程の貸しを作ってしまっていたようだ。

 

 ある国では、亡国寸前だったのを救われた。

 ある国では、攫われた王姫救出に多大なる功があった。

 ある国では、伝染病を鎮静化させた。

 ある国では、荒ぶる龍を鎮めた。

 ある国では、泥沼化していた内戦を終えた。

 

 これ以外にも、私は王都で大陸中の各国首脳から、カイにどれだけ救われ、助けられたかを延々と聞かされた。

 そして皆、一様に言うのだ。

「彼にもう一度会いたい。会ってお礼を言いたい」のだ、と。



『私達、八英雄の御師匠様です』

 

 クレアが案を提案した際に各国首脳へ説明したそうだが、良いと思う。

 これで、あいつの名前は大陸全土へ鳴り響くだろう。

 

 偶には、助けるばかりでなく、自分が周囲から助けられる立場になって苦労するべきなのだ。

 我が悪辣な妹のこと。

 結局、強引に押し上げられたあいつが、その強い責任感から『借りは必ず返す』と言うのを虎視眈々と狙っているに違いない。

 いや――むしろそれが目的か。

 

 なんともはや。回りくどいプロポーズであることだ!

 不器用、ここに極まれり。我が妹、そして『八英雄』に幸多かれ。


 

 ……そして、我が悪友に今までしてきた事の報いを受けさせ給え! 

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