『残念だけど、人違いですっ!!』④

 訓練場に轟音。土煙が上がりました。

 慌てて駆け寄ります。

 そこで見たのは――。


「変態」

「ク、クレアさん、それは余りにも無体な言い草ではっ!?」


 カイが彼女を庇って抱きしめている光景でした。

 抱きしめられている当の本人は硬直しています。刺激が強すぎましたか……。


「言い訳は後で聞くとして――勝負の結果はどうだったんですか?」

「…………言いたくありません」

「私達の勝ちですね。では、約束通り一つお願いを聞いてもらいます」

「ぐぐぐ」


 彼は呻きながら立ち上がります。まだ、彼女は帰ってきません。

 すると、真っ先に彼へ駆け寄り抱き着き、背中へよじ登って行ったのは


「マスター」

「おわっ」

「~♪」


 精霊使いで、猫族の姫でもあるゼナでした。ま、まぁこれは仕方ないです。

 尻尾がかつて見た事ない程、機嫌よさそうに振られています。


「なんとまぁ……あの時の嬢ちゃんじゃないか。どうしてまたこんな所に」 

「その子だけじゃないわよ」


 そういうと、赤髪の子――大魔導士のアデルが声をかけます。


「自由都市の学生さんか。懐かしいな。まだボードゲームにはまってるのか?」

「ふん。今度は負けないわよ。というか今日は勝ったし!」

「数の暴力でな……。公平性を標榜していた、あの少女は何処に」

「う、うるさいわね!」

「あの――お身体の方は大丈夫ですか?」


 おずおずと尋ねているのは聖女のソフィヤ。


「祝福をかけてくれた子か。いやはや助かった。死ぬかと思ったからな。ありがとう」

「そ、そんな。その――私のこと覚えていませんか?」

「うん? いや……君みたいな可愛いシスターだったら忘れるとは思えないんだが……っ、嬢ちゃん、まだ噛み付き癖があるのか!」

「か、可愛い……私が可愛い……」


 なるほど、こうやって無自覚に被害者を増やしている訳ですね。後で折檻、もといお説教です。


「先生」

「やっぱり、道理で狙撃が尋常じゃないと思ったよ。まだ、魔銃は使ってくれているみたいだな。ってか、先生はよしてくれ。もう、あんたの方が遥かに上だろうに。さっきだって、わざわざ防御しやすい箇所しか撃ってないじゃないか。神業だよ、神業」

「そんなことは……」


 エルフ族で射手のオルガは、彼に狙撃の基礎を教えてもらったそう。ほんのりと頬を染めていて色気があり過ぎます。反則です。


「お願いきいてもらう」

「……ルルよ。そうじゃないと信じたかったが。また迷子でこんなとこに? 後で送ってやるから、少し待ってろ」

「むぅ。カイは失礼」


 むくれているのは、ドワーフには珍しい白髪の戦士ルルです。何でも、彼に命を救われ、斧を習ったとのこと。本当でしょうか?

 上空からゆっくりと、真龍のリタが降りてきました。その背中から飛び降り、彼にダイブしたのは、召喚士のセレナ。普段は引っ込み思案をなんですが、変に行動力があるから侮れません。


「ぐへっ……」

「あのあのあの。私、セレナです!」

「知ってる知ってる。上空で、リタを見た時に気付いた。あの時の子龍がなぁ……よく頑張ったもんだ」

「えへ、えへへ」


 セレナは本当に嬉しそうです。心なしか、リタも誇らしげ。

 そして、ようやく彼女が帰ってきました。


「――お、お久しぶりです、アリスです。その、覚えてらっしゃいますか?」

「アリス――あ~あの避暑に来てた子か。大きくなったなぁ」

「は、はい!」

 

 魔王を討った勇者アリスが年頃の女の子みたいな表情をみせています。

 同性の私からみても、金髪が美しいはっとする程の美少女が、もじもじとしてる光景はなんでしょうか、この人に見せてはいけない気がします。


「で、だ――この集まりは一体何なんだ? 正直、本気で死ぬと思ったんだが」

「……貴方は変なとこで鈍くなりますね」


 普通は気が付くと思いますが。


「カイ、私は世間一般に今、何て呼ばれているか知っています?」

「はぁ? 『八英雄』の聖騎士だろ。幾ら、新聞を読まなくてもそれ位は知ってるぞ」

「そうです。では、私の周囲にいる子達が何人います?」

「…………七人」

「そうです。数を数えられるようになりましたね。褒めてあげます。えらいですねー」

「おい、待て待て。冗談がきついぞ……お前、まさか俺に勝つ為に、わざわざ『八英雄』に声をかけたと? しかもそいつらが軒並み、俺の知り合い? 何の詐欺話だ、これは」

「残念ながら現実です」

「嘘だろ」


 珍しく、唖然としている彼。これは中々貴重です。アデルがこっそりと魔法宝珠で画像を撮っています。後で分けてもらいましょう。


「……まぁ、分かった。現実逃避したいが、一万歩譲ってここに『八英雄』が揃ってるのは良しとしよう。だけどなぁ……模擬戦に勝つ為に大陸の英雄を動員するなよ」

「ああ、違いますよ」

「へっ?」

「――私達は自分の意志で参加をしました」


 アリスが彼の目をはっきりと見て断言しました。若干、目が潤んでるように見えるのが懸念材料です。


「――魔王を倒したのも、そうしたら貴方に会えると思ったからです」

「……頭打ったか? すまん、庇いきれなかった」

「――さ、さっきのは関係ありません。みんな、同じです」

「ははは、当代の勇者様は冗談までうまいなぁ」

「カイ」

「うん?」

「残念ながら、それ私以外は同じ理由ですよ」

「いやいや。何処の世界に、昔会った人間にもう一度会う為――そんな理由で魔王を倒す連中がいるんだよ。小説でもないぞ、そんなの」

「ここに。そうですよね、アデル?」

「は、はぁ!? な、なんで、私に聞くのよ。そ、そんなの……そうだけど……」

「マスター、魔王倒した。褒めて褒めて」

「あ、ゼナずるい! あのその、私とリタも頑張ったんですよ?」

「私に回復魔法を教えてくれたのは貴方様でしたから。会ってそのお礼をしないといけない、とずっと思っていました。だけど、お名前しか分からなくて」

「先生には恩義がある。だから、もう一度会いたかった」

「カイは何処にいるか分からなかったから。会いにも来てくれなかった」

「――貴方に会えたから、今の私がいます。もう一度会う為には何でもする、と幼い頃に誓いました。一番の近道は、魔王を倒して願い出ることかな、と」


 それらを聞いた彼は唖然茫然。アデル、これも後で映像を下さい。

 頭を抱えた彼が口を開きました。


「…………分かった。いや、分からないが、現実だとしよう。で、クレアお前の理由は?」

「私ですか。簡単です。偉くなる為です」

「おお。何か、お前らしくないが、ちょっと安心するな!」


 彼が笑顔になります。でも、私の理由も大概なんですよ? 


「偉くなって、貴方の騎士になる為です。流石に魔王を討った英雄に、何か文句を言う人もいないでしょうし」

「……はぁ?」

「私は常々、納得がいかなかったんですよ。確かに兄は優秀です。若くしてダカリヤ辺境伯になった後も、領地を発展させ、今回の戦争でも多くの武功を立てました。ですが――」


 私は彼をジト目で見ます。


「そのほとんどは、貴方がいたからでは?」

「そんなことないだろ。ヨハンやお前、それに領民の力があってこそだ」

「ええ。そうですね。それも確かにあるでしょう。ですが……貴方に私達は何も報いる事が出来てないんです」

「クレアよ。考え過ぎだ」

「いいえ。貴方は余りにも無欲過ぎです。だから、私は決めたんです。私が貴方の騎士になって、貴方を強制的に偉くすると」

「…………お、重たい。そんなの背負えんぞ、俺は」

「ダメです。背負って下さい。いいえ、背負わせます。その為の準備はしました」

「――カイ様、これを」


 アリスがカイに一枚の紙を渡しました。

 それは、人類と魔族の生存地域、その境界線上にある一帯を示した地図です。


「……おい、クレア。まさかとは思うが」

「そのまさかです。ああ、貴方に拒否権はありません。言ったでしょう? 勝ったらお願いをきいてもらうって」


 カイは沈黙。

 そして、おもむろに逃走――周囲は囲まれていて逃げられません。

 まだ、ゼナがくっついてますし。


「……いやいや。幾らなんでも、こんな案が各国に通る筈が」

「その案ならもう通したわ。誰も紛争地帯の領土を欲しがる物好きなんていないもの。そこはクレアの――もとい、『八英雄のお師匠様』たる貴方の物。この呼び方、各国の首脳達は気に入ってたから広まるかもね。大丈夫よ。あ、あんたがどうしてもって言うなら、この私も付いて行ってあげるから」

「私は、貴方にお礼をしないといけませんから。何処にでも付いていきます」

「マスターとゼナはこれからずっと一緒」

「ゼナ! そろそろ代わって下さい! あのあの、私とリタも行きます!」

「先生からまだまだ学びたいと思う」

「カイは捕まえておかないと何処かへ行くから」

「――私の剣はあの日からずっと貴方の為にあります」

「私は貴方の騎士になります。そして、貴方を偉くします――隠れた英雄なんかじゃなく、誰もが知ってる大英雄に。これは決定事項です」


 再度、彼は沈黙。

 そして、ゼナを地面におろしてこう言いました。



「残念だけど、人違いですっ!!」



 そう言って逃走を図ったのでした。

 ……勿論、逃がしはしませんでしたが。

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