『残念だけど、人違いですっ!!』➁
「ここです」
クレアに案内されたのは、王城内にある近衛騎士団の訓練場だった。
豪華な造りで、観客席まである。流石に屋根はないが。
人の姿は見えず、誰もいないようだ。
今日が式典な為、流石に騎士団も休みなのかもしれない。
普段は数百人の騎士を訓練させる場所なだけあり、かなり広い。
確かにこれなら、派手に暴れても大丈夫だろう。
カイはやる気満々なクレアに苦笑しながらも、身体を少しほぐす。
「……まぁだけど、模擬戦と言ったってもうお前の方が強いと思うがなぁ」
「勝ち逃げは大罪です。逃げるなら地の果てまで追いかけますけど?」
「怖っ! 何がお前をそうさせるんだよ」
「……そんなの決まってるじゃないですか、バカ」
「ん? 今、なんて言った?」
「何でもないです。貴方の顔が酷すぎるから苛々するって言っただけですから、ご心配なさらず」
「ひ、酷い。もうお婿に行けない……」
がくりと肩を落とす。まぁ、この手のやり取りは何時ものことである。
クレアが腰から、騎士剣を引き抜く。
『八英雄』の一人が持つにしては装飾もなにもない地味な剣だが、これもまた彼の教え。
実戦で使うなら丈夫さを優先すべき、に従って手に入れたミスリル製の業物だ。
どうやら魔王戦でも結局折れることはなかったようだから、大した物だった。
「ルールは何時も通りですね」
「ああ。お前は俺の短剣を抜かせたら勝ち。逆に俺はお前の頭に手を置けたら勝ち。……寸止めだからな! 最後まで斬りつけるなよ? 俺のちゃちな短剣でお前の剣を止められると思うなよ? 簡単に死ぬからな!」
「勿論。最後まで全力で斬りつけるつもりですが。貴方が勝ったら食事を奢ってあげます。私が勝ったら一つだけ言う事を聞いてもらいます」
「…………やっぱ、やめませんかね?」
「却下します」
満面の笑み。
(この表情を常に浮かべているならば、引く手数多だろうに……)
カイが失礼な事を考えていると、クレアが宣言した。
「悪いけど――今日こそは勝たせてもらいます。どんな手を使っても」
「いや……多分、お前の方が強いって。いや、ほんとに。半年前だって、ほとんどギリギリだったじゃないか」
「負けは負けです」
「そうか。ま、それでお前が納得するなら良いさね。さてじゃあ――やりますか」
「――ええ」
笑みが消え、クレアは剣をだらりと下げた。
剣才だけを見れば大陸屈指、と言って良いだろう。
彼も大陸中をふらふらと放浪してきたが、彼女ほど剣に愛された騎士を知らない。
(真面目にやらんと、本当に死にかねんなぁ……)
そう思いつつ、少し自分自身に気合を入れる。
が、構えは全く変わらない。何時ものままだ。
……瞬間、違和感。
咄嗟に、真横へ回避行動。
今まで、自分が立っていた場所に何かが着弾、そして轟音。
土煙が捲き上がる。
これは――魔銃による狙撃!
一瞬、呆けてしまう。何とも珍しい武器を……。
「あら? 余所見なんて余裕ですね」
「っ!」
距離を一気に詰められ、クレアからの斬撃。
紙一重で回避――と、同時にまたしても狙撃。
辛うじて身体を捻ってこれも躱す。
しかも……今度は大規模な魔力反応。
四方八方から、炎属性の魔法矢。しかも速い!
逃げ惑いつつ、狙撃方向を把握。訓練場観客席の最上部から撃たれている。
あの距離で狙撃をする技量。尋常のそれではない。
しかし、姿は確認出来ない。
恐ろしく洗練された認識阻害魔法か。
「……洒落になってない、ぞって!!」
「お喋りする暇をなくしてあげます」
クレアが、魔法矢と狙撃の中、急接近。
まるで、絶対に当たることがない、と信じてるかのような動き。
しかも――背後から圧迫感。
(い、いけねぇ)
普段の愛用武器を展開して、まずは次々と襲い掛かってくる魔法矢全て叩き落し、回避面積を拡大。
前方から迫るクレアの斬撃と、背後からの一撃――外套を被っていて顔は見えないが、獲物は巨大な斧だ――をかわす。地面に亀裂。なんつー剛力!
狙撃は、確認した射撃角度から自動防御魔法式を組み対処。
即座に着弾して火花。辛うじて受け止められるようだ。怖っ。
距離を取り、一声。
「……こ、これは簡単に死ねるぞ。何の真似だ」
「言いましたよ? どんな手を使っても勝つ、って。今日は出すのが早いじゃないですか」
「そりゃなぁ。……ま、だけど悪いがお前以外はこいつに対応出来ないだろ」
彼の得意武器である弦は魔力でコントロールする不可視の糸である。
使いこなす者がほとんどおらず、使い手も極僅か。同時にそれは多くの者にとって相対したことがないことも意味する。
初見では、不可視とその高速性、そして変幻自在さも相まって対処は困難。
加えて熟練すれば全方位に対応出来るし、射程も長い。彼程度の技量でも、魔法矢や、狙撃を防ぐ事は出来る。
「それは――どうですかね?」
「おいおい……今度は何だよ……」
訓練場を覆うように無数の精霊が集まってくる。この感じ、また違う奴だな。
そしてそれと合わさるように膨大な魔力反応。
額に、水滴――雨? 多少、濡れる程度のそれだが、それにしたって。
「じ、冗談がきつい! 局地的に天候そのものを変化させるなんて……そんな大魔法を操る奴が実在するのか!?」
「今、経験してるじゃないですか。さて、この状況でも貴方の弦は見えないんでしょうかねっ!」
クレアと斧使いが距離を詰めてくる。弦で牽制。
――が、やはり軌道が小雨と訓練場を覆っている精霊反応とで不可視効果は半減。
迎撃を掻い潜って接近。
弦はあくまでも中遠距離戦用だ。接近戦には不向き。
が、回避する選択肢も廃棄。
雨に交じって、水の魔法矢が無数に展開されているし、狙撃も依然として継続中。
しかも、魔法矢も狙撃も、全て角度を変更してきている、鬱陶しいことこの上ない。
このままでは、魔法矢を薙ぎ払ってもその間に距離を詰められて、クレア達に両断もしくは上から狙撃で撃ち抜かれる。
仕方なし。
クレア達の方向へ一気に距離を詰める。
向かってくることは想定していなかったのか、その動きに若干の動揺。
それでも、即座に対応してくるのは流石の一言。
剣と斧の一撃を弦を成形した盾で受ける。当然、多少威力は殺せるが止められる程ではない。
が――それで十分。
弱まったとこで受け流し軌道を変え、隙間を強引につくり、彼女達の後方へ抜ける。
と、同時に展開されている周囲の魔法矢を薙ぎ払い、自分の魔力も混ぜ込み即席濃霧に変化させる。
視界はほぼゼロ。上からも見えまい。
(どうしたものか……)
すぐに、吹き散らされるだろうが、その前に状況確認。
相手は合計で5人。正直、とっとと逃げ出したい。
クレアだけならともかく、他の4人が4人とも信じられない程の手練れ。どっから連れて来たんだ、あんな連中。
さっきから、何とか認識阻害魔法を破ろうとしているが、片手間に破れる代物じゃない。
静謐性も桁外れ、魔力の動きを把握すら出来ない。余りにも緻密な魔法式。
結果、観客席にいる後衛陣の位置はほぼ不明。
狙撃手も、最初一弾以外は曲射に徹していて、いることしか分からない。
魔法使いも、魔法矢を律儀な事に前方展開せず、四方八方へランダム展開しているから角度から判別不能。
精霊術者に至っては、精霊が集まりすぎていて、気配すら読めない
(あれ……これ、ほぼ詰んでね?)
思考を交戦継続から、如何に逃走を図るかにシフト。
なに、クレアは怒るだろうが、こんなの相手にする程、命知らずではないのだ。
取り合えず、今の内に逃走経路を模索――暴風が吹き荒れ、濃霧が瞬時に剥げ落ちる。
前方には満面の笑みを浮かべたクレアと斧使い。
「逃げれば勝ち、だなんてまさか思っていませんよね?」
……本気で逃げたいです。誰か今すぐ助けてくれませんか?
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