八英雄のお師匠様(他称)

七野りく

『残念だけど、人違いですっ!!』①

 人類と魔族の大戦は、八人の英雄によって魔王が討たれ遂に終わりを告げた。


 八人の英雄は『八英雄』と呼ばれ、人々から喝采を浴びた。

 勇者・聖女・大魔導士・戦士・射手・精霊使い・召喚士・聖騎士。

 全員が見目麗しき少女達にして、絶大な戦闘力と魔力を誇る。


 彼女達にはそれぞれ目的があった。その為に、魔王を討ち滅ぼしたのだ。

 

 勇者は、幼き頃、自分に剣を教えてくれた師匠ともう一度出会う為。

 聖女は、回復魔法も使えなかった自分に魔法を教えてくれた旅人を見つける為。

 大魔導士は、自分の傲慢さを正してくれた人に報いる為。

 戦士は、自分の命を救ってくれた人にもう一度出会う為。

 射手は、弓以外を見下していた自分の目を覚ましてくれた人に出会う為。

 精霊使いは、自分の大好きな御主人様に褒めてもらう為。

 召喚士は、自分に召喚獣を与えてくれた人へ成果を見せる為。

 そして、聖騎士である私はある目的達成に必要な地位を得る為。


 魔王を討ち滅ぼす程になれば、少なくとも人類が住んでいる土地でその名が知られない事はない。

 それに、有名になればそれだけ彼の事を探しやすくなるのは道理。

 私以外の彼女達は単純にそう考え、結果、遂に魔王を討ち滅ぼしたのだ。



 唯一、私だけが違っていた。

 私は辺境のとある伯爵家に生まれた。

 両親が早くして亡くなり、若くして辺境伯爵家を継いだ兄との二人兄妹。

 そんな兄には親友が一人。かつて騎士学校で同期だった男。

 突然、現れ屋敷へ転がり込んできた。長い事、旅をしてきたらしい。

 ……最初は大嫌いだった。


 何しろ、この男、とことん怠け者なのだ。

 事あるごとに『働きたくないでござる』『1日12時間は寝ていたい』『誰かに養ってもらいたい』と呟く始末。

 何度、兄に屋敷から叩き出す事を提案したか分からない。

 その都度、答えは『あいつはやる時はやる奴だ』。

 実際にその真価は、大戦で発揮されたのだから兄の目は正しかった。

 

 ただし、この男にはもう一つ悪い癖があり。それは――



※※※



「いや、お前が行くのは分かるがな……どうして俺まで王都なんぞへ同行せにゃならんのだ? 面倒くさい」

「まぁ、そう言うな。確かに戦勝式典に招かれたのは私だが、お前を連れて行かなかったら私が殺されかねんからな。我が身は大事だ」

「大袈裟な。それにそこは、俺の身を大事に思ってあえて連れて行かない選択肢」

「なんてものは端からなかった。大丈夫だ。多分、半死位で済ませてくれるだろう。流石にあいつでも……おい、手紙の一枚位は書いていただろうな?」

「はぁ? 何でそんな面倒な事をしなきゃいけないだよ」

「……全死確定か。友よ、長い付き合いだったな。これから先は赤の他人だ。離れてくれ。死臭が移る」

「おい、お前。ちょっと俺への扱いが手紙届いてから酷くないか? もう少し優しくしてくれないと、泣くぞ。泣いちゃうぞ」


 馬上の男が二人、馬鹿話をしながら王都への道を進んでいた。もう、遠方には王都を囲む防壁が見えてきている。

 二人ともお茶らけている様子だが、身に着けている物は明らかに歴戦の武人のそれである。


「しかも、何時もなら見せてくれるのに今回は見せてくれないし……何か、不安を俺の直感が訴訟沙汰にしようとしているんだがそれは……」

「ハハハ。大丈夫だ。大丈夫だと思う。大丈夫な筈――だ。お前がクレアに殺害される以外は」

「実家へ帰らしていただきます!」

「お前の実家、王都じゃなかったか、確か」

「くっ、図ったな。親友だと思っていたのに!」

「――真面目な話、お前が今回呼ばれないのはおかしな話だ。その事も訴えるつもりで私はいる」

「気持ちはありがたいが……いいよ、そういうのは。向いてないしなぁ。それに、お前の――ダカリヤ辺境伯の武名に傷をわざわざつける事はあるまいて」

「名声や地位を全く欲しがらない所は長所だが――欠点でもあるぞ」

「何度目だ? それ言うの。いやまぁ……ありがとう」


 少し照れたように応じる男。腰に地味な短剣を身に着けている。


「で、だ……ヨハンよ」

「何だ? カイ」

「俺の目が確かなら……城門前にいらっしゃるのは、何処ぞの辺境伯の妹君にして、『八英雄』が一人、聖騎士様な気がするんですが?」

「うむ。我が妹だな」

「……なぁ、明らかに憤怒の表情をしてる気がするんだが」

「ハハハ、逃がさんぞ」


 カイと呼ばれた男の肩を、ヨハンと呼ばれた男が掴む。

 ここで離せば自分の身が危うい、生死を分かつのは今であろう。


「ぐっ……お、お前……親友の身が危ういかもしれんのだぞ! その仕打ちは酷くないか!?」

「大丈夫だ。あれも人の子だ。多少の理性はまだ残っていよう。多分」


「――お二人とも仲がよろしくて大変結構ですが。そろそろ良いですか?」


 猛吹雪を連想させる程の極寒な声。

 二人が見ると、先程まで城門近くに見えていた少女――クレアが近くに来ていた。


「いや、お前……幾ら何でもあの距離をこの一瞬で詰めるってそんなバカな事が」

「兄さん、先に王都へ行って下さい。半年ぶりに再会したにも関わらず人をバカ呼ばわりしてくれる、この半年間、1枚たりとも手紙すら書いてくれなかった薄情者に少しお話しがありますので」

「ああ。分かった。先に行っておこう」

「よ、ヨハン様!? 親友をお見捨てになるのですか!」

「妹を優先するのが兄たる私の務めだろう? ……それに馬に蹴られて死にたくはないしな」

「おい、最後何を言った。聞こえなかったぞ」

「兄さん」


 余計な事を言ったら殺す、という視線。

 ヨハンの額には冷や汗。

 その隙にカイは逃げ出した――しかし、馬はクレアに従っていて動かななかった! 裏切ったな!


「――カイ」

「は、はい」

「今、逃げようとしましたね?」

「ま、まさかぁ」

「……少しお話をしましょうか?」


 その直後、男の情けない悲鳴が周囲に響いた……。



「半年経っても全然変わってないなんて。少しは成長してください」


 王都に入り、馬を預けた後も、横でクレアの小言は続いていた。

 隣を歩くカイの顔には死相。

 ついさっき、死出の旅から帰ってきたばかりのような様子である。


「聞いているんですか!」

「は、はい! 聞いてます、聞いてます」

「じゃあ……私が何を言ってたか、繰り返して下さい」

「えーっと……クレアは可愛いなぁ」

「……そうやって、単純に褒めれば何でも許してもらえると思っていますね?」


 クレアの視線はまたしても猛吹雪状態である。


「うぅ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」

「まったく――この後の予定を話していたんです」

「予定とな」

「ええ。式典自体は夜からです。まだ、時間はあります。ですから」

「ちょっと待った。お前のその笑顔は――不吉過ぎる」

「不吉とはなんですか。貴方のような人間が、私のような美少女から笑顔を向けられたのです。本来ならば、滂沱の涙を流す場面でしょう?」

「……恥ずかしいなら言わなくて大丈夫だぞ?」

「う、うるさいです」


 クレアの頬が薄ら赤くなる。

 それを見て、カイは苦笑しながら聞いた。


「で? 余ってる時間で何をするんだ」

「決まっているでしょう。私はまだ


 不敵な笑みを浮かべ少女はこう告げた。



「模擬戦をしましょう」

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