第3話 夢の中の結婚式

今日も昨日と同じく寝苦しい。珍しく夢を見ていた。

結婚式の夢だった。2,30人ほどの人たちが会場にいる。いくつものテーブルと椅子が広げられた傘のように床の絨毯の上に開いていた。テーブルには白いテーブルクロスと料理が並べられている。まだ式は始まらないようで親戚や両人の両親が雑談していたり、挨拶を交わしたりしている。子供も何人か来ているようで楽しそうにかけっこをしたり、騒いだりして親に怒られていた。今日の主役の新郎新婦は正面の壇上に座っている。仲人ににやにやと肩をたたかれ照れ笑いをしたり、友人にからかわれたりと緊張した面持ちながら場を楽しんでいるようだった。普通式が始まるまで新郎新婦は姿を見せないものだが夢の中は違うらしい。自分は落ち着かない気分で席について壇上の新郎新婦を見たり、周囲を観察したりして縮こまっていた。緊張を押し隠す為に横にいる老年の親戚に話しかける。「最近どうですか」「今日はいい日ですね」「本当にきれいになった」親戚は興味なさそうにぽくぽくと首を振ってあいづちをとる。こういう場では一人でいるよりも皆でいる方が迷惑はかからないのだ。せめてふりだけでも楽しさを装わなければ。今日という日を台無しにしてしまうのではないかという危惧が渦巻いていた。別に新郎新婦に思い入れがあるわけではない。彼らを見ても何とも思わない。特別美しいというわけではない。白い格好も容姿も普通だ。ただせっかく楽しい会なのである。そして間違いなく美しいと思うべき瞬間なのである。ならば、外様なりに気を使うべきなのだ。それぐらいの礼儀は持ち合わせている。新郎新婦は友人らに手をひかれ壇上から檀下に降りた。わっという歓声。やったなこいつと拳をくらい照れる花婿と花嫁。親戚に話しかけるのを中断し、皆と笑い手をたたく。ちゃんと笑えているだろうか。この場に似つかわしく笑えているだろうか。この場にふさわしく。皆と同じように………。少し気分が悪くなって親戚に断りを入れて席を立つ。こみあげる吐き気を抑えながら急ぎ足で、ゆっくりと、トイレに向かう。トイレはこういう会にありがちではあるが数人の人がいた。その人たちは自分を一瞥するとある人はにやにや笑い、ある人は見てはいけないものを見たという感じでそっぽを向き用を足して去っていく。自分はすっかり人のいなくなったトイレにほっとして一番奥のトイレに入る。吐きそうだが吐かない。吐いてはいけない。臭いが服についてしまうかもしれない。結婚式にそれはだめだ。深呼吸をして少し休み、ようやく吐き気が収まった所で出ようとすると何人かの人がまた入ってきた。

「なあ、今日いるんだろう」

「ああ、あいつも災難だよなあ。まさか親戚に…」

「別に相手が悪いってわけじゃないけどさ」

「でも、気持ち悪い」

「どっちかを好きだったとかだったら面白いよな」

「なんだよそれ」

結局、トイレに人がいなくなるのを待って会場に戻った。


会場に戻り、出入り口のドアを押そうとすると仲人の老年の人に手招きされた。スーツをしっかりつけた立派な紳士で顔にえくぼがたくさんついた男性だった。

挨拶をした後「少しよろしいですか」と言われ横の裏舞台に行く。そこには今日の主役の新郎が待っていた。真面目そうな、目つきのきつい青年だった。でも新婦を見る目は穏やかで優しそうで本当に大事にしている様が見て取れた。新郎新婦も相手をお思いやり幸せそうだ。これならお互いにいい家庭を築けるだろう。素晴らしい事だ。自分には他人と暮らすなんて本当に無理だ。えーっと自分と新郎の間に割り込むように老年の男性が感情のない無機質な目を向けてきた。もごもごと「今回はご出席ありがとうございます。それでー」何が言いたいんだろう。はっきり言えばいいのに。まあ大体想像はつくけど…。どうせいわれる事はわかっているんだ。ならせめて楽しもう。この茶番劇を。舞台を。ふん、見ろ。まるでできの悪い劇だ。どうせいつもの事なんだし。大丈夫、傷つかなくていい。

イライラしているのは新郎も同じようだった。イライラというより早くこの件を片づけたい焦りと穏便に済ませたいという緊張感からそうなっているらしかった。

「もういいです。」と新郎が仲人にいい、押しのけるように前に出た。汚物を見る目で自分を見ると鋭い声で押し殺したように自分に告げる。

「申し訳ありません。この度の会からお帰り願えないでしょうか。僕達の結婚式から出ていってください。あなたはふさわしくない。あなたの趣味はあなたの趣味です。ただあなたの事がもし知られたら彼女がひどい目に合います。親戚中から奇異の目で見られる。僕はどうなってもいいが、彼女に何かあったらと思うと僕はいてもたってもいられません。現にもう会場内ではその話が出回っている。親戚や家族に知られるのも時間の問題でしょう」

長い口上だ。早く出て行けと言えばいいのだ。趣味? 趣味ってなんだ? お前らが同性愛者と勘違いしている事か? それとも同性愛者に間違われているという事か? 

「あなたがいると皆が迷惑する。あなたがいると皆が不幸になる。そんなに同性が好きなら僕達とは違う所でやってください」

疑念は多々あるが、この場はひこう。この式の主役がおっしゃるんだ。劇の終わりとしては少々物足りないけれど。

黙って一礼し、場を乱した事を謝罪し帰る旨を伝えて踵を返す。

向こうの姿が見えなくなった所で耳をすませる。先ほどとは違う和やかな声が耳触りに響いた。

「まさかいきなり話すとは思いませんでしたよ。君は何も言わない手筈で僕がお断わりする手はずだったのに。本当に焦りました。君は勇気があるなあ僕なんかほらこんなに汗をかいてしまいました。手汗がすごい」

「すみません。つい先走ってしまって。しかし本当に気味の悪い。親戚にも伝わっていて、新婦も一週間寝れなかったんですよ。周りに何を言われるか不安で。あんな奴のせいで。」

「それは大変だ。しっかり守ってあげなさい。」

それから照れた温かい幸せそうな声に背中を殴られたような感触を感じながら会場に戻った。

会場に入り荷物を取ると親戚に別れを伝え会場を出る。ぼくぼくと別れのあいさつのように首を振る親戚に少しだけ気を良くする。会場を出て、受付を素通りすると、そこで遊んでいた何人かの子供に指を指される。「あ、」「同性がすきなんでしょう?」それを無視し

靴をはきかえ外に出る。なんだかものすごい脱力感を感じて家まで体力が持たず近くの公園のブランコで休む。休日と言うのに子供が遊んでいないのは夢だからだろうか。心の底から安堵してふうっと一息つく。たまらなく本と語り合いたかった。本と一緒にいたかった。

心には同性愛者に間違えられ、追い出された怒りと不快感と諦観が細い糸のように張られていた。そしてそれ以上にあの場を自分という存在で汚さなくて済んだ安堵がゆらゆらとうかんでは満ちていた。

自分は同性愛者ではない。人間なんか大嫌いなのに。大体新郎新婦が好き? 意味がわからない。頭がおかしいのはこちらではなく、お前らだ。いや、そもそも自分という存在はあの場にふさわしくなかった。これ以上あの場を汚さなくて済んだ。本当によかった。

煙草を吸う真似をして空を見つめる。先ほど見た友人たちに祝福され幸せそうにほほ笑む新郎新婦を思い浮かべ心の底から祝福した。この幸せな光景を自分がいる事で壊してはいけない。これが見れただけで十分じゃないか。それよりも自分がいた事でいらぬ嫌疑を与えはしなかっただろうか。いや、与えてしまっただろうな。周りに知れ渡っているらしいし。ふうっとため息をついた。空は曇天だった。降り出しそうなくらいの曇天だった。心と同じように。

夢が覚めた後、枕が水にぬれていて、たまらなく不快だった。

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6月のユピテル 達磨 @darumarenma

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