第21話  リアルタイム

「なんだこのコメント?!」



夜の9時過ぎ。

何本目かの動画を投稿したら、初めてコメントがついた。

ちょっとドキドキしながらクリックしてみたら。


ーーアヤメです。


という出だしで書かれていた。

これ、本物?

動画を見てるんだとしたら、アヤメも脱出できたのか?!



……いや、恐らく違う。



コメント投稿をするとザックリと地名が表示されるんだが、その表記がおかしすぎる。

オレが投稿したコメントには『tokyo』と出ているが、相手の所在地欄は意味不明な文字の羅列だった。

完全な文字化けだ。

恐らく何らかの方法で、イバラキからコンタクトを取っているんだろう。

スミレなら外部サイトを見られるとか言ってたしな。



ーー傷だらけじゃない。何か事故にでもあったの?



2通目でオレの生傷を指摘された。

これはなんか恥ずかしいな。

いや、頑張った証でもあるんだけどさ、自慢してるみたいじゃん。

そして3通目を開こうとしたときだ。


「んん? どうしたんだコレ?」


アヤメのコメントが途中で切れている。

いや、これは切れているというより、文字が化けているのか。

彼女からの返信はこうだ。



ーーお願い、私の事&==_#@!==>?##&!



なんだろうな、本当に。

この流れでイタズラなんかしないだろうし。

『お願い』なんて書くからには、割かし切羽詰まってるんだろうしなぁ。



「うーーん、何を書きたかったんだ?」



それから数度聞き返したんだが、返事は一向に返ってこなかった。

何かトラブったのかもしれない。

こちらから聞けない以上、正しい文章については推測するしかない。



「お願い私の事、お願い私の事……」



念仏のように呟きながら、これまでの事を思い起こした。

彼女の願いは『実家のご両親にもう一度会う』事だったよな。

確かそんな事を言ってたよな。

つまりそこから考えると……。



「お願い、私の事を早く助けて! みたいな事を書きたかったんだな?」



そうだ、きっとそうに違いない。

アヤメも言ってることだし、本気出しちゃいますか!

やったるぞーぃ!


初めて動画にコメントがついて、やる気がムンムン湧いてきた。

身内票としか言えないものだけどさ。

それでも誰かに見られてると思うとモチベが違う。

オレは寝る間も惜しんで動画制作に没頭した。



ーーーーーーーー

ーーーー



動画撮影を開始して半月。

今では新たな日課として日々投稿している。

今は夜の八時前。

そろそろ撮影の時間だった。



「さて、今日も一本やるぞーぃ」



今回はいつもと違ってリアルタイム配信だ。

この方法には、視聴者とダイレクトに繋がれるという利点がある。


期待に胸を膨らませつつ、軽く咳払いをひとつ。

そして開始ボタンを押してから、撮影用レンズに向けて声をあげた。



「ハァーイ画面の前のみなさん、いばラッキー!」


ーーいばラッキー!!

ーーイバラッキィィイイーー!

ーーイェェァァアア!!



開始直後にも関わらず、コメント欄が『いばラッキー』で埋め尽くされた。

これだけで何件のコメントがあるのか、パッと見ただけじゃわからんな。



「学生も主婦もリーマンも、赤子も若者もご老人も、毎日お疲れさま! 今日も皆の為にイバラキの素敵な情報をお届けするぜぇ?」



オレは既に自分のスタイルを確立していた。

最初は真面目一辺倒だったトークも、今じゃこんなノリだ。



「まずはお知らせからー。前々回の動画だけど、PV数5万とコメント数が1万件突破しました! はい拍手ーッ」


ーーおぉすげぇ!w

ーー8888

ーーぺっちん、ぺっちん

ーーマジかよ伸びすぎww

ーーこれ毎日の楽しみ。ほんと好き。



あり得ないほど視聴者が増えたのもアヤメのおかげだった。

彼女とのやり取りが、なぜかネットニュースや掲示板サイトで取り上げられたのだ。

どうやらネット界隈で影響力を持つ人に、動画を見つけてもらえたらしい。

それからは再生数もコメントもうなぎ登りになり、個別対応なんかできないほどだ。



ちなみに『異質なる世界との交信』みたいな取り上げられ方で紹介された。

まぁ、アヤメの住所欄を見たらそう思うわな。

定型枠からはみ出るほどの記号の羅列だし。

文字化け以来返信は無いし。

他ユーザーの動画を見ても、あんな表記一度も見かけないしな。

すべては偶然の産物だが、話題性も十分だったようだ。



「本日のお話はコチラ! 梅干しでぇす。例によって実物はないけど、今日も体験談を語らせてくれ!」


ーーほうほう。

ーーカリカリの、カリカリのやつでオナシャス!

ーーどんな話のタネになるのやら、梅干しだけに。

ーー悲報、上コメが盛大にすべる。



テーマに対する食いつきは、良くも悪くも無い。

だが、これもいつも通りだ。

トークでこっち側にグイグイ引きずり込んでやる。



「毎日忙しくって、体はもうヘットヘト。なのに明日も朝イチの会議だったり、子育てに追われたりで全然休まらない! そんな経験、皆もあるよな?」


ーーあるある。

ーー有りすぎて困るわw

ーーまさに今残業の真っ最中なんだが。

ーーサボリーマンは見てないで働けww

ーーワイ無職、高みの見物。



「でもそんな時、こいつ一粒食えば万事解決! オレが食ったのは塩気と酸味が強烈だったから、疲れなんかもう夜空の反対側! まさに夢のような食い物だ!」



ーーイバラキすげぇぇぇw

ーーマジほしい箱買いしたい。

ーーそれって根本的な解決はしてるんですかねぇ(小声)

ーーイバラキはじまったな。



今日もコメント欄は大盛況だ。

大量に書き込まれ、もはや肉眼で追っかけることができない程だ。

それからも雑談気味にイバラキの紹介を続けた。

初めてのリアルタイム版ということで、過去動画のおさらいの意味も込めて。



「どこまでも農地が広がっててさぁー」


ーーマジ行ってみてぇなw

ーー住みたい、そんなとこ住みたい!

ーーもやし体型のリーマンでも農業やれますか?

ーーだからお前は仕事に戻れと。



「飯がほんと旨くってさぁ。まぁこれはアヤメって子のおかげかもしれないけど……」


ーーメシは大事、マジ重要。

ーーおいノロケ話はやめろ!

ーーなんか腹減るな。虫でも取ってくるか。

ーー今シレっととんでもない事書いたやつ誰だwww



いやほんと凄ぇ。

一時的な熱狂かもしれないが、みんなイバラキに興味津々だ。

こうして良いところを説明すれば、ちゃんと受け入れてくれんだよ。

分かってんのか、魔術師さんよ?

これから仕上げだ、よく見とけ!


「みんな、イバラキに行ってみたいかー?」


ーーイェェァァアア!


「イバラキのうまいもん、食いたいかー?」


ーーイェェァァアア!!

ーー食いたいぃぃぃ!!


「イバラキの事は大好きかーー?!」


ーーイェェァァアアアア!!!

ーーイバラキ最高ぉぉぉ!



あまりの反響の大きさに、PC画面のラグが激しい。

それも人気の現れだと思えば嬉しいがな。

このままイバラキへの関心が高まればいい。

実際に現地へ行こうとする奴が出てくるだろう。

そうすれば、異世界化について認識してくれるハズだ。

もしかしたらオレに協力してくれるかもしれない。


「そろそろ時間だ、じゃあまた明日も見てくれよッ」


画面上に流れる乙とか、お疲れのコメントを横目に放送を終えた。

今日のライブは大成功だ。

いつまでこの熱気が続くかはわからんが、やれるまで頑張ってみよう。


そして、さっきまでの熱気が嘘のように、部屋の中はシィンとなった。

ここは閑静な住宅街。

オレが口を開かなければ、嘘のような静けさを取り戻す。


窓の向こうは夜景が広がっている。

この窓は東を向いているので、本来ならその方角にアヤメはいるはずだ。


「……オレは頑張るからな」


決意を固めるようにして、夜空に向かって呟いた。

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