第20話  伝えたい言葉

ダイチくんが居なくなってしまった。

例の霧の中で姿を消して以来、たったの1度も顔を見ていない。

あんなにしっかりと繋いでいた手も、いつの間にか離れていたらしい。

気がついたときには、家の前で独り立っていたのだ。



「ダイチくんは無事に帰れたのかな、それとも……」



あれから暇を見つけては探しに出掛けた。

橋の周辺はもちろん、川の付近、霧の中も探した。

川沿いの家々や警察にも尋ねたけど、それらは虚しい努力に終わった。


私独りとなったこの家は、酷く広く感じられた。

彼がやってくるまではこれが当たり前だったのに。

今となっては物音のしない部屋は重苦しく、静寂が耳に突き刺さる。


畑仕事の時も、彼の元気のよい掛け声が空耳で聞こえたりする。

もちろんそこには誰もいない。



「私が帰りたいなんて言わなかったら……こんな事には」



もし彼が境界を越えられなかったのだとしたら……。

恐ろしい想像が浮かび上がっては、縁起でもないと打ち消す。

ここ最近はそんな事の繰り返しだ。


気にしすぎてはいけない。

もしかしたら、ひょっこり帰ってくるかもしれない。

そう自分を元気付けようともするのだが……。



「なんで離しちゃったかなぁ。自分さえしっかりしていたら」



いつの頃からか、左手を眺める癖がついていた。

彼と結んでいた方の手だ。

それを右手で包み込み、胸元でギュッと結んだ。

そうすることで、ダイチくんに力を与えられるような気がして。

無駄だとは思いつつも止めることが出来ない。



「アヤメちゃん。調子はどうですか?」

「スミレちゃん……」



彼女はたまに様子を見に来てくれる。

いつもなら家に上げて他愛もない話をするのだが、今はそんな気分になれなかった。



「今日はですね、面白いものを見せようと思って」

「面白い……もの?」

「そうですそうです。着いてきてください」

「ちょっと、急にどうしたの?」



彼女は私の手首を掴み、強引に家から連れ出した。

向かった先は彼女の住む隣の家だ。

どうぞどうぞと言いつつ、部屋へと案内された。



「あらアヤメちゃん、こんばんわ」

「どうも、ちょっとお邪魔しますね」

「はいはい、ゆっくりねー」



時間は夜の9時を回ろうとしているのに、おばさんは嫌な顔ひとつせずに迎え入れてくれた。

その優しさが、今はとても切なく感じられた。



「見せたいのはこれです」



スミレの部屋には一台のデスクトップPCが置かれている。

古くはないが、特別新しいものでもないんだろう。

いくらか使い込まれた形跡が見てとれる。



「見せたいのはもちろん画面です。私が外部のサイトを見られる話はしましたよね?」

「うん。電車に乗ってたとき、そんな事言ってたよね」

「とある動画サイトを覗いてみたんですが、これを見てください」



画面にはいくつもの画像がサムネイル表示されている。

新着投稿一覧にはスポーツやら動物やらゲームやら、不特定多数のジャンルが混在していた。

そして、それらの中の小さな画像に目が止まった。



「これって……ダイチくん?!」

「その通りです。声や動画の内容から言って虫さんに間違いありません」



動画を再生すると、数センチ四方の小さな窓の中で、ダイチくんが懸命に演説していた。

イバラキを救いたい、みんなの力が必要だと。

顔や両手にある無数の傷が痛々しい。

彼は無事のようだが、大変な目にはあっているようだ。



「投稿日は昨日です。彼は今現在、東京に居るようです」

「外部のサイトをダイチくんが使えてるんだもんね。そう考えていいんだよね?」



良かった、何はともあれ生きていてくれた。

全身から力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。



「このサイトには、動画に対してコメントできる機能があります。そこで虫さんとコンタクトが取れますよ」

「本当?! ダイチくんと連絡が取れるの?」

「ええ。ですがここ最近は回線が安定しません。私の魔術をもってしても、長時間の接続は難しいでしょう」

「ううん、ありがとう! 少しだけでも十分だよ」



のんびりしている余裕は無いみたいだ。

私は手早く短文でコメントを入力した。



ーーアヤメです。元気なようで安心したよ。



入力してすぐに、そのコメントに続くようにして返事が返ってきた。



ーーえ、本物?! どうやってここを? つうかサイト見れてるってことは、アヤメも脱出が出来てたのか?



なんとなく返しが彼らしくて、少し嬉しくなった。

優しくて、元気があって、ちょっとお調子者。

そんな彼の性格が滲み出ているようで。

温かい気分になりつつも、気を取り直してコメントを入力し続けた。



ーー傷だらけじゃない。何か事故にでもあったの?



ーーあぁ、これか。外側からイバラキに入ろうとすると大変でさ。これはその時に出来た傷だ。ちょっとばかし時間は掛かるだろうが、必ず助け出してみせる。のんびりスイカを作って待っていてくれ。



その言葉を目にして、私は愕然としてしまった。

彼はここから抜け出せた今も、再び自らを危険に身を晒している。

身体中のあちこちに作った生傷。

その原因は私なのだ。

全ては自分の泣き言のせいだった。


何とかして彼を止めないと。

このままじゃ本当に命を落としてしまうかもしれない。



ーーお願い、私の事はもう忘れて! 危ない事はしないで! その気持ちだけで充分だから!



文字を書き込んで『投稿ボタン』を押した。

だけど、今度ばかりは様子が違った。

ずっとロード画面のまま進まないのだ。

そして画面に警告文が表示された。


ーー不明なURLです。誤りが無いかご確認ください。



「あのさ、スミレちゃん」

「これは時間切れ、ですね」

「今のコメントは投稿できたのかな?」

「確認する術がないので、なんとも……」



肝心な所で通信が遮断されてしまった。

それから何度試しても、日にちを改めても繋がらなかった。

確認が出来ない以上、気を揉んでも仕方がない。

コメントは投稿できたと思うことにした。


最後に送ったあの言葉。

あれは本心から出たものだ。

彼は彼の人生を生きてほしいと、心からそう思う。

少なくとも、私なんかのために危険を冒してほしくはない。



「お願い、だからね」



西の方の空を見つめて、小さく呟いた。

その時優しげな風か吹き、私の呟きを遠くへと連れていった。

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