第19話  何度目かの挫折

あれから一週間が過ぎた。

オレは大学にも復学し、平日は講義に顔を出していた。

毎週末は境界の突破を試みているが、すべて失敗に終わっている。


ちなみに親父や友達に車を出してもらうよう頼んだこともあった。

最初は乗り気でも、行く先が『イバラキ』だと知ると途端に表情が曇るのだ。

無意識的にイバラキが避けられている。

たしかこれも結界の一端だと教わったな。



「どうすりゃいいんだかねぇ。これ詰んでないか?」



オレは教室の後ろに座り、講義に出席していた。

もちろん講師の話なんか聞いていない。

開かれたノートにも、授業なんかそっちのけで作戦についてビッシリと書き込まれている。

傍目には熱心な生徒と映るだろうが、んなわけあるかい。


オレは既に長期戦を覚悟していた。

結界の問題は、今すぐどうにか出来る問題ではない。

もっと工夫を凝らさないと何度やっても同じだろう。

いきなり突破を目指すのではなく、結界を弱める方法を今は考えていた。



「発端がバカにされた事だろ? だから外側の人間を思いっきり拒絶する。あれはほとんど八つ当たりだよな」



そして、境界を越えるときの、内外の違いについても見当はついた。

内から出るということは、ソイツは魔術師にとって同胞なのだ。

恨むどころか親しみすら感じているのかもしれない。

だから傷つけること無く、霧で迷わせて家に返すだけなんだ。



「そしてこちらの動きに対して、いくらかの反応がみられる。特に声に対して顕著だったな」



これまでにいくつかのパターンを試していた。

散々に罵ったときは、特に風が荒れた。

逆にイバラキを褒めてみたところ、気のせいかもしれないが、風が和らいだ。

その時は攻略できると思い、考え付く限り褒めちぎったが、結局は失敗した。



「一言褒めても、美辞麗句を並べて褒め称えても同じくらいだったよな」



回数じゃない。

特定のキーワードのせいでも無いと思う。

一体ポイントはどこにあるんだ?

……これは、ひょっとして。



「人数、なのか? 褒める人数が多ければ効果があるのかも」



あり得そうな気はする。

1人に褒め千切られても大して響かないかもしれない。

それが1000、2000人に褒め讃えられたら凄く嬉しいだろう。

仮説を思いつきで立ててみたが、それなりに信憑性がありそうだ。



「効果があるかはわからんが……やってみるか」



今はとにかくイバラキの評判を良くする事だった。

そうすればいずれ、オレへの協力者も現れるだろう。

話が決まれば講義なんかどうでもいい。

午後の授業は全てサボって一直線に帰宅した。



「カメラの準備オッケー。カンペもオッケー」



オレはこれから撮影を始めるつもりだ。

世間に少しでもイバラキの現況を知ってもらうためのものを。

掲示板やブログも考えたが、イタズラや落書きくらいにしか扱われないだろう。

自分の顔を晒してようやく相手にされる。

そう考えての動画制作だった。


オレは録画のボタンを押した。

そして部屋の壁を背景にして、可能な限り明瞭に語りかけた。



「みんな、聞いてくれ。今日本では大変な事件が起きているんだ」



イバラキが異世界化していること。

そこから人々が出られない事。

その問題を解決する為には、多くの人の助けが必要である事。



それらを10分程かけて録画した。

やってみてわかった事だが、動画作りも難しいもんだ。

何度も撮り直しをして、6テイク目でようやく納得のいくものが撮れた。



「よし、公開完了っと。みんな見てくれるといいんだが」



ひょっとすると、コメント欄が荒れるかもしれない。

暇人の釣りだの、つまんねー創作だの、いろいろ書かれてしまう可能性があった。

だが炎上したとしても、公開を取り下げる気はない。

今は一人でも多くの人に知ってもらう方が良いからだ。



「さて、夜中まで一旦置いとくか」



それから少しゆっくりして、飯を食い、風呂に入り、また部屋に戻った。

デジタル時計は22:05と表示している。

投稿してから6時間が経過した。

そろそろ多少なりとも結果が出ているだろう。


ログインして自分の動画情報を見ると……。



「おい、マジかよ!」



総PV4のみ。

コメントもブクマも評価も全てが0。

ちなみに確認用に動画を一度回しているので、オレ以外の閲覧は3回だけだった。



「もしかして、みんな深夜帯に見てる……とか?」



そんな言葉で自分を誤魔化したが、それも翌朝には粉々に打ち壊された。

朝の7:00に確認したところ、総PVは6。

もちろんコメント等々0のままだ。



「クッソォ……、なんで見てくれねえんだよ!」



思わず机を拳で叩いてしまった。

そんな事に意味は無いとわかってはいても。

どうやら動画を見てもらうのも、何かしらのテクニックが必要らしい。


オレは本来の目的どころか、その遥か手前の壁すらも越えられずにいた。

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