第18話  外部からの境界越え

あの生々しい記憶が宿る場所へ、再びやってきた。

前回は良くわからない罠にかけられたんだったな。

霧の中ではぐれて、不安に陥った結果の脱落。

振り替えるとマヌケというか、情けないというか。



今度は同じ轍(てつ)を踏まないよう、準備を怠っていない。

スマホのGPS機能、コンパス、先端にチョークを括りつけた傘、そして念のためパンと水も購入した。


あの霧のやっかいな所は、位置情報がわからなくなる点だ。

逆に言うと、自分の所在さえ解れば突破できる。

その程度のものなのだ。

コンパスで方角を確認すると、ほぼ真北に進めば良いみたいだ。



「よし、準備オッケー。行くか」



橋に一歩踏み出すと違和感を感じた。

トリデから向かった時と様子が違う。

具体的に言うと、霧が出ないのだ。

見通しの良い普通の歩道。

そう表現するしかない。



「だったらチョークは、要らないか」



GPSも、コンパスもしっかりと機能している。

画面上の自分は順調に進めているし、方角も大丈夫だ。

地面に目印書こうと思っていたが、その必要は無くなった。



「もうすぐ川の真ん中か、そこが本当の境目なんだろうな」



たぶん、残り100歩もない。

スマホの画面ではもう県境を越えているようにも見える。

……ん?


ーー現在地が不明です。GPS機能を確認してください。


画面に定型の警告文が表示された。

何の前触れも無しに通信が途絶えてしまった。

電波もさっきまでは問題なかったのに、既にオフラインモードだ。



「でも、大丈夫か。道が見えてるし」



一歩踏み出そうとすると、突然風が吹いた。

尋常な強さじゃない。

体を持ち上げられそうになるくらい、強烈な暴風だ。

オレはバランスを崩してしまい、背中から地面に倒れた。


そのまま転がされて行きそうになるのを、両手両足でなんとか堪える。

なんとか顔を上げてみると、周りは別世界になっていた。


体を殴り付けるような暴風はもちろん、太陽の光も大きく陰っていて薄暗い。

まるで嵐の中に迷い混んでしまったようだ。

まともに立つことなんか出来やしない。

中腰のまま耐えるので精一杯だ。



「クッソ……ここでかよ。油断した」



状況が好転する気配はない。

むしろ酷くなっているかもしれない。

体が後ろへと追いやられそうになる。



ーービュォォオオーーッ!



風の音が鳴り響く。

まるで何かを呪うような、泣き叫んでいるかのような、心がザワつく音だ。



『事あるごとに見下され、嘲られ、否定される。魔術師はそんな反応に嫌気が差したみたいで』



アヤメが事の発端を、そんな風に言っていた気がする。

だからこんなにも悲しい響きがあるのだろうか。


恨み、妬み、憎しみ、そして怒り。

様々な負の感情が押し寄せてくるようだ。

そんなものを一方的に浴びせられ、こちらも段々腹が立ってきた。

あまりにも理不尽で、身勝手な振る舞いに。



「聞こえるか魔術師ィこの野郎ーッ!」



気がつくと叫んでいた。

相手に届く保証なんか無い。

ましてやこの強風の中では、オレの声なんかかき消されてしまうだろう。

それでも怒鳴らずにはいられなかった。



「故郷をバカにされてこんな事仕出かしたらしいな! 大勢の人まで巻き込んで、お前は何とも思わないのかよ!」



状況は依然として荒天のままだ。

むしろ少しずつ悪化しているかもしれない。

それでもオレの口は止まらなかった。



「見下された? 罵られた? それがどうした! だったらそれ以上に愛されればいいだけだろうが、バーカッ!」



まるで返事でもするかのように、一際強い風が吹き荒れる。

体がフワリと浮き上がってバランスを崩してしまい……。



「ウワァァァーッ」



その場所から吹っ飛ばされてしまった。

宙を泳ぎ、何度も地面を転げ回る。

そして散々弄ばれた挙げ句、地面に放り出された。



「いってぇな……。んん?」



いつの間にか太陽が顔を見せている。

辺りはそよ風どころか、無風だった。

まるで嵐などなかったかのように平穏な風景が広がっている。



「ここって、橋の入り口じゃねぇか!」


どうやらあのまま強引に戻されてしまったらしい。

人をゴミみてぇに扱いやがって。

こうなったら、何度でも立ち向かってやる。

畑仕事で培った根気をなめんなよ!


それからオレの挑戦は日暮れまで続けられた。

結論から言うと、すべて失敗した。

凶悪な暴風を突破する秘策を思い付けず、肩を落として帰宅することになった。

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