第17話  県境にて

まずは電車で向かうことにした。

それ以外の交通手段は効率的じゃないからだ。

ちなみに免許証はあるが、車の運転は出来ない。

永遠のゴールド免許、と言えば察してもらえるだろうか。


駅の料金表を見ると、目的地はしっかりと記載されていた。

イバラキの著名な駅もいくつか見える。



「ええと、ここから二千円かからないくらいか」



券売機では問題なく切符が買えた。

そして改札を抜け、駅のホームへと向かう。

ホーム番号は二桁台。

今まで全く縁がなく、今日初めて乗る電車だ。



「ここまでは拍子抜けするくらい順調、と」



アヤメの言葉が事実なら、どこかで邪魔が入るはずだ。

だから警戒していたのだが、特別な何かが起こる気配はない。


周りの乗客にも変わった様子は見られない。

会話が弾んでいる若いカップルに、畳まれたベビーカーを持つ家族連れ、ずっと口をモゴモゴさせているおじいちゃん。

良くある中距離列車の光景だった。



「ドア閉まります、駆け込み乗車はお止めください」



代わり映えのしないアナウンスと共に発車した。

電車は滞りなく進んでいく。

ダイヤ通りの正確な運行だ。

そうやって30分も揺られていると、そこはもう千葉だ。

始発駅から居た乗客は途中駅で次々と降り、車内に残った人はまばらになっていく。



「このままアッサリとイバラキ入りできたら、どうすっかな……」



本当に異世界化しているなら、県境を越えられないハズだ。

利根川の手前までしか進めないだろう。

もし、川の向こうへ行くことが出来てしまった時は。


その時は……。


うどんでも食って帰ろう。

美味しいお菓子を手土産に買ってな。



不安と期待を抱いたまま、車窓の景色を眺める。

徐々に街の規模は縮小していき、森や空き地が見られるようになる。

それはイバラキへ近づくほどに顕著になっていった。

乗客もみるみる減っていき、今となっては数人を残すばかりだ。



「天王台、天王台です」



ようやくここまでやってきた。

ここを越えられたら、次はイバラキだ。

1人、また1人と降りていき、車輌の中はとうとうオレだけになってしまう。



「あのドアが閉まれば、次はトリデだ」



閉まるのか、閉まらないのか。

行けるのか、行けないのか。

さぁ、どっちなんだ。

固唾を飲んで一点を見つめていると、車内アナウンスが放送された。



「お客様にお知らせします。現在路線トラブルが発生しており、これより先には参りません。天王台での折り返し運転とさせていただきます」



オレの背筋に悪寒が走る。

聞き間違いじゃないだろうな。

事故か何かだろうが、偶然にしては出来すぎている。

とりあえず電車から降りて、係員に話を聞いてみた。



「復旧の見込みは今のところ不明です。切符の払い戻しを希望されますか?」



誰に確認しても答えは変わらなかった。

いよいよ真実味が増してくる。

オレは差額を受けとると、天王台の駅を出た。



「バスは……全滅か」



バスの路面図を確認すると、トリデ方面のバスは存在しなかった。

川を越えるルートそのものが用意されていない。


タクシーにも当たったがダメだった。

イバラキと口にすると、大抵の運転手は「あぁ、あそこね」と返してくれる。

だが具体的な道となると、誰も知らないのだ。

カーナビにも表示はされず、前と同じような結果となった。



「ここまで偶然が重なるってことは、あり得ねえよな」



オレはここで確信した。

イバラキは異世界なのだ、と。

そして、今もアヤメは取り残されている事を。

彼女の抱えている哀しみは夢なんかじゃないく、すべては現実なんだ。



「待っていろよ。オレが絶対に連れ出してやる!」



決意を新たにしてイバラキに向かった。

境界を越えるために、再びあの橋へと。

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