第22話 真新しい朝
『ピロリラリィー、ピロリラリィー』
スマホが鳴っている。
日曜の朝8時にスマホが鳴っている。
こんな早朝に誰だよ全く。
通知を確認すると、メールが届いていた。
「Eメールねぇ。スパムかな?」
発信元は知らないヤツからだった。
子供がブラインドタッチを真似して入力したような、意味不明な文字列のアドレスだ。
うっかりリンクとか踏んでしまわないように、慎重にメールを開いた。
するとそこには、こんな文章が書かれていた。
「おっすーお疲れさんです。
見事偉業を成し遂げましたね。
誇っていいと思います。
ではでは。
めがみっちゃんより」
なんだこれ?
メールにはリンクも添付もない。
本当にこの文章だけがある。
送り主はよっぽど暇なヤツに違いないな。
「ちょっとダイちゃん! こっち来てよ!」
今度は母さんだ。
居間の方から呼ぶ声が聞こえた。
「今日は何なんだよ。朝っぱらから騒がしい」
オレは不満顔で居間へと向かった。
「なんだよ、母さん」
「テレビテレビ! 今すんごいのやってるから!」
凄いったってどうせ不倫話とかだろ?
最近ワイドショーが騒がしいもんな。
興味薄に画面を見ると、それはゴシップものではなかった。
山が映されていた。
これは見覚えがあるものだ。
農作業中も、トリデ駅でも何度も見かけた。
「筑波山じゃねぇか……」
「ダイちゃん、知ってたの?」
「まぁ、ちょっとな」
「昨日まで見えなかったのに、今日突然見えたんですって!」
「んん、どういう事?!」
「いやね、利根川の近くにあるナントカ台って所でも中継してたんだけどね、そこに何十年も暮らしてる人でさえ初めて見たんだって!」
見えるようになった。
今まで見えてなかったものが、急に見えるようになった。
概念でしか存在してなかったイバラキが、とうとう視認できるように……なったのか!?
「現場の中島でーす! 私は今、イバラキのスイカ畑に来ていまーす!」
中継はどうやら別の場所に移ったみたいだ。
スイカ畑ったって全然シーズンじゃないだろ。
まだ苗を植えたばかりだし、畝もへったクソで。
……おい、ここってまさか?!
「今日はですね、スイカ農家さんの松崎さんにお話を聞かせてもらいます。松崎さんこんにちわー!」
「はい、こんにぢわ」
「どうですか、スイカ作りは大変ですか?」
「あんたら、もっと良いときに来てくんねぇと困っちまうよ。こんな苗ばっか見てもしょうがあんめぇ!」
これさ、間違いねえよな?
ぬか喜びとかにならねぇよな?
ミッション完了ってことでいいんだよなぁ!?
「これよぉ、たくさんの人見てんのけ?」
「そうですよー、テレビの前の大勢の皆さんが見てますよー」
「そうけそうけ」
松崎さんが懐を漁り始めた。
取り出したのは一枚の紙切れだった。
「ダイチくんよぉ。ダメでねぇか、アヤメちゃんほっぽって、どこほっつき歩いてんだぁ?」
「あ、あの、松崎さん。そういうのはまた別の機会で……」
「これな、アヤメちゃんのケータイ番号な? これ見えるけ?」
「ああっ個人情報! 個人情報がぁ!」
ほんの数秒だが、画面一杯にメモ書きが映り混んだ。
日本中にアヤメの電話番号が知られた瞬間である。
松崎さん、その手法はどうなのよ?
でもスゲェ助かりました、どうもです!
画面は急遽スタジオに返され、いくらか乾いた談笑が繰り広げられた。
でも今はそんな事どうでもいい。
奇跡的に控えた番号を頼りに、アヤメに連絡をとった。
ーープルルルル、プルルルル
ちゃんとコール音が返ってきた。
つまりは現在使われている番号だということだ。
そして相手が異世界には居ない、と言うことでもある。
ーープルルルル、プルルルル。
彼女と何を話そうか。
これまでの事?
それともこれからの事?
先手を打って愛の告白とか?
……なんて勝手に盛り上がっていると、応答があった。
「はい、もしもし」
一時期は毎日のように耳にした声だ。
電話越しとはいえ、間違えようがない。
オレは万感の思いを込めながら告げた。
「おかえり、アヤメ」
第一声は既に決めていた。
おかえり、と言ってあげようと。
相手からの返答は、2呼吸分ほど待つこととなる。
オレはいくらだって待つさ。
これまでの苦労に比べたら、何ということは無いんだから。
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