第13話  魔術の威力

「次はーフジシロー、フジシロです」



ボックス席に3人座りながら、電車で移動している。

次がイバラキ最後の駅になるらしい。

そこからどうすべきかは、現地で考えるしかない。



「アヤメちゃん、チョコいります?」

「ありがとうー。お返しにグミあげるね」



目の前にはチョコだのポップコーンだのジュースだの、数々の嗜好品が所狭しと並んでいる。

小旅行かよ。

これからすべき事は理解してる?



「どうかしましたか、虫さん。そんな目をして。あなたもチョコがほしいんですか? さらには私の手から直接? 発情期ですね」

「勝手に盛り上がんな。これは単なる遠出じゃないって言いたいんだよ」

「もちろんわかってます。魔術の境界を突破するんですよね」



なぜコイツはこんなにも理解できているのか。

イバラキには外界の情報が届かないはずだ。

だから転生者以外は、県外の事を知る術が無い。

オレが聞いてないだけで、スミレも転生者なんだろうか。



「私の魔術にかかれば、大抵の事はわかります。例えば妨害突破(プロテクト・ブレイク)ですね」



いきなりブラインドタッチの真似事を始めたぞ。

その動きで不思議な現象が起きたりはしない。

どうやらただのフリのようだ。

こんな時に冗談はやめろよな。


ーーん、待てよ?


「お前、もしかしてWeb検索出来るのか? 外の世界のサイトが見れるのか?」

「いえす、おふこーす」

「じゃあ異世界化について知ったのも?」

「ネットサーフィンの賜物ですね。日本地図だの、お役立ちサイトとかで勉強しました」



シレッと言うが、これって凄いことじゃないか?

鉄壁だと思われた魔術の壁を突破しやがったぞ。



「じゃあ、私たちの行動が筒抜けだったのは? それも魔術なの?」

「そうですね。これっくらいの大きさの……うん。魔術です」



今何で言い澱(よど)んだんだ?

つうか、それくらいの大きさで、話が筒抜けになるようなものって……。

盗聴機じゃねぇか!



「お前、いつからだ。何の目的で仕掛けた!?」

「虫さんがここに現れてからです。アヤメちゃんに危険があれば、すぐにでも駆けつけようと」

「そんな言い訳が通るなら大抵の盗聴犯は許されるわなぁ。んで、他にも目的があんだろ?」

「そんなものは有りません。ちょっとくらい寝息が聞ければなんて、微塵も思ってません」



おし、自白したな。

逮捕してやるよオラ。

人の事を散々悪い虫扱いしやがって、お前も大概じゃねえか。



「まぁ、そんな話は些事ですよ」

「はぐらかすんじゃねえ」

「ええと、では。いつからイバラキが異世界化したか、気になりませんか?」

「うーん。それは確かに気になるわね」



クソ、スミレを追求するチャンスを逃したか。

オレは忘れないからなこの野郎。


そんで、異世界化の時期の話か。

周りの様子からするとだな。



「極々最近だろうよ。スマホはある、PCもある。県外と暮らしぶりが変わんねぇし」

「それは発案者さえいれば作れるでしょう。イバラキにも有力な企業は多いんです」

「じゃあ言語についてはどうだ。当たり前のようにカタカナ英語が通じるんだ。しかも近年のものだって使ってるじゃないか」



テレビではイノベーションやらソリューションやら、オレにもピンと来ない単語が飛び交っていた。

異世界化すると情報が遮断されるのだから、それらの言葉が既に浸透していた事になる。

つまり、少なくとも平成以降のはずだ。



「県内には外国籍らしき方も多く居ます。転生者なのでしょう。言葉は彼らがもたらしたのでは?」

「じゃあ、お前はいつからだって思うんだよ」

「恐らく、徳川の世から」

「適当なこと言ってんなよ」



江戸幕府の頃からって、またそれっぽい事言いやがって。

盗聴の件が気まずくて、無理矢理な話で誤魔化そうとしているな。



「デタラメじゃないです、根拠はありますよ」

「じゃあ言ってみろ。どんな理由なんだ?」

「イバラキは当時の将軍を排出する『御三家』と呼ばれていた事を知ってますか?」

「ええと、歴史で習ったわ。紀伊、尾張、そして水戸よね?」

「そうです。その水戸藩がかつてのイバラキに相当します」

「んで、その御三家がどうしたよ?」



スミレが一度言葉を切った。

自然とオレたちの耳目が集められる。



「水戸藩からは、ただの1人も将軍が出ていない」

「マジかよ……?」

「それって、つまり?」

「恐らくこの頃からでしょう、イバラキが日本から異世界化や概念化したのは。存在しない國からは人なんか出せませんから」



確かめる術が無い以上、言ったもの勝ちな面はある。

それでも今の話は一定の説得力があった。



「それで、何が言いたいんだ?」

「この事件は根が深いということです。ものの数年の出来事であったなら、取るに足らない魔術かもしれません。ですが……」

「江戸時代から続いてるなら、数百年もの間破られなかった実績がある」

「そうです。相手の強大さが別物になるでしょう」



ゾワリと寒気がした。

気楽に考えていたのはオレの方かもしれない。

現場に行けばなんとかなる、と思っていたくらいだ。

果たして、その程度の計画で突破できるほど生易しい相手なのか。


引き返すつもりは無いが、少し考えが足りなかったかもしれない。



「次はぁー終点、トリデです」

「そろそろ着く……のよね」

「そうですね。もう片付けましょうか」



好き放題に散らかしたお菓子の袋やらをしまい始めた。

緊張を和らげるためにも何か貰えば良かったな。

空いた袋を丸めつつ、少しだけ後悔した。



「終点ー、トリデです。これ以上はご乗車いただけません」



無抑揚なアナウンスを聞きつつ、電車から降りた。

他の乗客も全員が降りたようだ。

皆当然のように、ここが終点であることを受け入れている。

この先にも世界が広がっていることを知らないようだ。



「じゃあ、行くか!」

「そうね。行ってみましょう」



オレたちは改札を勇み足で通りすぎた。

イバラキの県境を越えられると信じて。

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