第14話  渡河作戦

改札の先に広がる光景はというと、よくある地方都市と言ったところだ。

特にファンタジーな雰囲気や、魔術の禍々しさのようなものは一切無い。


遠くの空には筑波山がそびえ、その反対側には大きな川が流れていた。

県境でもある、利根川だ。

そこを越えることができれば、晴れて異世界脱出となる。

問題はその川をどうやって渡るか、だった。



「バスはもちろん、周回すらしてないな」

「ダメもとでタクシーに乗ってみない? 乗用車だったら向こう側に行きやすいのかも」

「そこにちょうど止まってるな。乗せてもらおうか」



駅前ロータリーだからか、いくつもの客待ちタクシーが連なっていたので、そこの先頭車輌に乗り込んだ。



「あい、おたくらどこまで?」

「天王台に行きたいんですけど……」

「てん、なんだって?」

「天王台です、隣街の」

「ちょっと待っててくれるけ? 今ナビで検索すっから」



運転手がポチポチとカーナビを操作する。

だが、検索結果には全く出てこない。

道も知らないようだし、これは乗せてもらえないかもしれないな。



「出てこないねぇ。記憶違いじゃねぇのかい?」

「そう、かもしれません。ちょっと出直してきますね」

「はいよ、また来てな」



バスもタクシーもダメとなると、徒歩で行くしかない。

幸い橋までは遠くないので、距離に問題はない。

その橋を無事に渡りきれるかはわからないが。



「ここで話してても仕方ない。まずは向かってみよう」

「そうだね、他に手段もないもんね」



緊張のためか、不安のせいか、口数がみるみる減っていく。

オレは元気づけるように話題を振り撒いていった。



「アヤメは向こうに行ったら、最初になにがしたい?」

「やっぱり、実家にもどりたいなぁ。今の私じゃ気づいてもらえないだろうけど」

「どうして?」

「転生前と今とじゃ、見た目が全然違うから」

「ええッ? そうなの?」



転生すると容姿が変わるのか?

初耳だぞ。



「ダイチくんだってそうでしょ。違うの?」

「オレは全く変わってないぞ。せいぜい髪が伸びたくらいだ」

「そうなんだ。他のケースなんて知らないけど、もしかして私の方が珍しいのかな?」

「わからん。けど見た目が変えられるなら、オレは一新したかったよ。頭から爪先までみっちりとな」

「えー? ダイチくん、別に外見悪くないじゃん。気に入ってないの?」



その言葉は嬉しいが、質問の答えはイエスだ。

没個性な顔立ち、高くも低くもない背丈、日に焼けない青白い肌、胴と比べて妙に短い足。

コンプレックスてんこ盛りだ。


テレビでフランスやイタリアの中継がされると、彼らが羨ましくて仕方なくなる。

あんな風に生まれ変われたらどんなに嬉しいか。

そう考えたのは一度や二度じゃない。



「スミレ、この話について見解は?」

「さぁ、どうなんでしょう。でも推測をするとしたら……」

「するとしたら?」

「転生したキッカケによるのでは? 経緯で結果が分かれるとか」

「あぁ、うん。きっとそうだな。はい、この話はおしまいぃー」



物凄く心当たりがある。

アヤメは事故で、オレはヤケ酒だ。

彼女のは避けようのない不運だが、オレの場合はただの自業自得と言える。

その結果、新たな人生にギフトの有る無しが区別されたのかもしれないな。


アヤメはちょっと不完全燃焼みたいな表情だ。

もしかすると話し足りないのかもしれない。

ともかく、早いところ話題を切り替えよう。

女にフラれたヤケ酒で死んだ、なんて知られたくはない。



「アヤメが前に境界を抜けようとしたとき、どんな事が起きたんだ?」

「あの時も確か、橋を渡ろうとしたの。利根川が県境だって知ってたから。それで途中までは問題無かったんだけど」

「うんうん」

「急に濃い霧が出てね。それで右往左往して……そこからは覚えてないの」

「覚えてないって、全然?」

「そう。気がついたら家の前に居たんだ……。ごめんね、参考にならなくて」

「いやいや、そんな事無いぞ!」

「そうですよ。情報量ゼロの虫さんと違って、とても有益な話でしたよ」



スミレのちょいイラ発言はさておき、確かに聞くべき点はいくつかあった。


霧が出る事。

記憶が抜け落ちる事。

家に戻らされる事。

危険なワナや敵性生物が待ち受けていない事。


今の会話でこれだけの情報が手に入ったのだから、大収穫だったと言える。



「橋に……着いたわね」

「霧がもう出てますよ。向こう岸が見えません」


なんだか妙じゃないか?

アスファルトがまるで、宙に浮いているだけのように見える。

何と言うか、こちら側の土地を上部だけ引き伸ばしたような。

まぁ、川の流れる音が足元の方から聞こえるんだ。

濃霧のせいで細部までは見えないが、これは橋に間違いないのだろう。



「はぐれないように、手を繋いで行かないか?」

「こんな時ですら女の肌に触れていたい、と。虫さんは途方もない変態さんですね」

「スミレちゃん、これは魔術対策だよ。そうでしょ?」

「まぁ、全然気づきませんでした!」



芝居が白々しい。

お前は1度『ほぅ』という顔をしてただろ。

オーバーリアクションで迎え撃つのやめろ。



「誰かが魔術に囚われても、残りのヤツが正気なら助かるだろ? そうやって橋の最後まで乗りきろう」



2人がコクリと頷く。

そしてアヤメを真ん中にして、左右にオレとスミレが並ぶ。

当然だよな?

スミレと手を繋ぐくらいなら、川に沈められた方がマシだっての。



「じゃあ、行くか」

「うん、そうだね」

「慎重に進みましょう」



オレたちは一歩ずつ踏み出した。

そこはもう霧の世界だ。

数メートル先すら見ることが出来ない。

自然と足の運びも遅くなる。

だが一歩、また一歩と、確実に進む事は出来ていた。



「ゆっくりだけども、着実にゴールに向かえてるな。時間はかかるが脱出できるんじゃないか?」

「このまま何も起きないといいんだけどね……」

「慎重に進みましょう」



気を引き締めたまま、奥へと進んでいった。

霧はどんどん濃くなり、隣にいるアヤメの顔さえも見えなくなる。

もちろん周りの景色も見えないので、距離感どころか時間の感覚さえ曖昧だ。

感じ取れるのは、右手の温もりと地面を踏みしめる感覚だけ。

思わず怯みそうになるが、めげずに歩を進めた。



「結構歩いた気がするけど、今どの辺りなんだろうな」

「こう霧が深いと……わかんないよね」

「……しょう」



スミレの声が遠い。

息を詰まらせでもしたのだろうか。



「スミレ、どうかしたか?」

「しん……しょう」

「おい、スミレ!?」

「……ちょうに……」

「おい、何があったんだ!」



問いただしても返事は無かった。

まさか……こんな霧の中、どこかへ行ったのか?

さすがに有り得ないぞ。



「なぁアヤメ、スミレの様子がおかしいんだ。そこに居るんだろう?」

「……なたも転生……のね」

「おいおい、何を言ってんだよ」

「アハハ、これで……も頑張れる……」

「アヤメ! しっかりしろ!」



スミレだけじゃない、アヤメの様子も異常だ。

濃霧のせいで様子はさっぱりわからないが、緊急事態なのは確かだった。

安全を確かめるためにも、腕を強引に引っ張った。


その時だ。


オレの右腕が突然軽くなった。

指先が強ばる程に繋いでいた右手には、今は何もない。

アヤメの手がすり抜けた……いや違う。

忽然と消えたとしか言い様が無かった。



「アヤメ! スミレ! どこに行ったんだよ!」



返事など返ってこない。

耳に突き刺さるような静寂があるだけだ。

視界の通らない世界で独りきり。

今となってはどの方向から来たのか、それすらわからなくなっていた。



「やめてくれよ、オレを独りにしないでくれ!」



両腕を振り回してみても、物が触れる感触はない。

相変わらず地面だけが有る世界。

オレの心はあっという間に、恐怖へと塗り固められてしまう。


境界脱出なんかより、人の居る場所へと戻りたくなった。

せめて、手がかりだ。

些細なもので良いから道標がほしい。

望みようの無い願いを抱えていたところに……。



ーーコツリ。



少し離れた場所で微かな物音がした。

あれは恐らく、靴の音だろう。



「アヤメ? それともスミレなのか?!」



ーーコツリ、コツリ、コツリ。


足音が徐々に遠ざかっていく。

もう知らない誰かでもいい。

この際、相手が極悪人だって構わない。

独りきりよりはずっとマシだ。



「待って、置いていかないでくれ!」



もう足元を気にしている余裕はない。

全力失踪で音の方へと駆け出した。

足にはそれなりに自信があるから、すぐに追い付けるだろう。

そう思ってはいたのだが。



「ハァ、ハァ。なんで距離が……」



足音は一定の距離感を保ったままだ。

向こうは歩いているにも関わらず、だ。

でも泣き言は言っていられない。

こんな場所に取り残されるなんて、絶対に嫌だ。



「こうなったら、ぶっ倒れるまで追い続けてやる」



足の回転数を早めて、さらにスピードを上げようとする。

だが、その必要は無かった。


ーーズルリ。


突然、地面が消えた。

走ることに集中していたオレは、何ら回避行動を取れない。



「うわあぁぁーーッ!」



体が宙に放り出されてしまったらしい。

相変わらずの濃霧だから、どれくらいの高さから落ちているのかがわからない。

そのうち、落下している時間すらわからなくなる。


数秒?

それとも数十秒?


途中で考えるのがバカらしくなり、思考を止めた。

こうなった以上、何をしても無駄なんだから。

されるがままに身を任せていたら、急に不安が晴れた。

その後やってきたのは強烈な眠気。

こんな状況でも、気が緩んだのかもしれないな。


ゆっくりと意識が途切れ途切れになっていく。

それから後の事は、何も覚えていない。

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