第12話 アヤメの想い
「今日はありがとうね。色々とさ」
デートとすら呼べなくなった、残念イベント後の事。
今はアヤメお手製の晩御飯を愉しんでいる所だ。
妙に元気の無いアヤメがポツリと漏らす。
その落ち込みように心当たりの無いオレは、予想外な感謝をされて戸惑ってしまう。
「ありがとうって……何の話?」
「スミレちゃんのワガママに付き合ってくれたでしょ? あの子は変に頑固だから、あんな風に譲ってくれて助かったんだ」
そんな風に思ってたのか、意外だな。
こっちは譲ったと言うより、付け入る隙が無かっただけなんだが。
好意的に捉えてくれてるようだから訂正はしないけど。
「それから、あの女の子。見ず知らずの子だけど、あんなに泣いてたら可哀想だもんね」
「はいはい、あの話ね。あれは流れで相手しただけだぞ」
「でもちゃんと対応してくれたじゃない。ほったらかしにも出来たのに、しなかった。それがなんだか嬉しくってね」
おやおや?
これは予想外にも好感度アップですか?
早くも諦めモードだったけど、これはもしかするかも。
「あの女の子、親御さんのところに帰れて良かったね」
「そうだな。凄く良い笑顔だったもんな」
「私にもあんな風に、連れ出してくれる人が現れないかなぁ」
おうおう、それは何かい?
遠回しに「どこか遠くに連れてって」と言いたいのか?
まさか1日でここまで親密になれるとは、デートってすげぇな。
引き立て役のスミレさんにも感謝だ。
それからのオレはちょっと上の空だった。
今度の休みにどこへ誘うか、とか。
次こそは邪魔の入らない所がいいな、とか。
そんな事ばかりを考えていた。
これで初彼女へリーチしたかもしれない。
今後の生活にも張りが出るってもんだ。
オレは未来の甘い生活を妄想しつつ、眠りに就いた。
そして深夜。
寝冷えのためか、2時頃に目が覚めた。
春の夜はまだまだ寒い。
起きたついでにトイレへと向かった。
用を足して眠りに戻ろうとしたところ、台所から物音がした。
明かりはついていない。
物音がした後も、かすかに人の気配がする。
どうやら気のせいではないらしい。
こんな深夜に誰が?
アヤメだったら、電気くらい点けるだろう。
お節介半分に松崎さんが……ってのもあり得ないか。
ということは、泥棒?!
いやいや、まさか。
こんな長閑(のどか)な田舎に泥棒なんて居るわけ無い。
念のためモップを片手に持ち、台所のスイッチに手を伸ばした。
ーーパチリ。
急激な明暗の差に、目がツキリと痛む。
それは相手も同じだったようで、オレと同じような姿勢になった。
問題のその人物はというと……。
「アヤメ、こんな夜中に何やってんだ?」
シンクの傍でアヤメが所在無さげに突っ立っていた。
泥棒じゃなかった。
これでひと安心だが、疑問は形を変えて再度浮かび上がる。
深夜に独り、暗がりで何をしていたのか、ということだ。
「ごめんね。起こしちゃったかな」
その声は少し弱々しい。
その両目も赤く染まっている。
オレはモップを投げ捨てて歩み寄った。
「どうした、何かあったのか?!」
「ううん。何かあった訳じゃないの。ただ……」
「ただ?」
「あの女の子が、羨ましくって」
「それって、どういう事?」
立ち話で気軽に聞けるような話じゃないようだから、テーブルに着くよう促した。
アヤメはゆっくりと椅子に座り、静かに項垂れた。
オレはその姿を視界に収めつつ、向かい合うようにして座る。
ギシリと鳴る椅子の音が、酷く煩わしく感じられた。
「前に話したかもしれないけど、私も転生者なんだ」
ポツリ、ポツリと言葉が紡がれていく。
一語一語確認するかのように静かに、そして丁寧に。
「私の死因は事故死らしいの。卒業旅行中での事なんだけどさ。ツイてないよね」
「かなり前に聴いたと思う。それで?」
「その旅行はね、両親に反対されてたの。『子供だけで危ないだろ』ってさ。私はそれに反発して、家出半分のつもりで参加したんだ」
その結果、旅先で帰らぬ人になったのか。
それは相当悔しいだろうな。
両親はもちろん、アヤメ本人も。
「どうにかして両親に謝りたい。そして、幸せだった事をどうにかして伝えたいんだけど、この状況でしょ?」
アヤメが言う通り、イバラキは隔絶された世界だ。
電話やネットはもちろん、手紙ひとつ出すことはできない。
それらは既に確かめている。
「自分の事ながら、叶わない願いを持ってるなーとは思うよ。理屈じゃわかってるの。でも……」
「気持ちは別って事か」
アヤメがゆっくりと頷く。
晩飯の時の『連れ出してくれる人』っていうのは比喩表現じゃなかった。
恋人を指していたんじゃなくて、イバラキから脱出させてくれる人そのものだったんだ。
アヤメの切実な願いが胸に突き刺さる。
あんなに浮かれきっていた自分をぶっ飛ばしてやりたい。
そして、この異様な世界を生み出した張本人にも腹が立つ。
イバラキを異世界化させた謎の魔術師。
その人物が憎らしくなった。
この状況を生み出した事情はあったんだろうが、全く許せる気がしない。
「アヤメ」
「なぁに?」
力なくテーブルに置かれたその両手。
オレの手よりずっと小さくて、力の籠っていないアヤメの手。
それをゆっくりと包みこみ、グッと力をいれた。
オレの意思を少しでも多く伝えるために。
「ここから抜け出そう。イバラキから脱出しよう!」
「でも、それは私も試したよ。結果はこの通りだけど……」
「それは1人でか? それとも何人も連れて試したのか?」
「えっと、私だけ……だったよ」
「じゃあ試してみる価値はある。1人では無理でも、2人なら大丈夫かもしれない」
自信たっぷりに言ったが、根拠は何一つ無い。
でもほんの少しでも可能性があるなら、それに賭けるべきだろう。
転生者2人で挑めば、何かしらのキッカケが掴めるかもしれない。
その可否を知るには、実際に試してみるしか無い。
「……わかった。やってみよう」
「よし、決行は今日。夜が明けてからだな」
「随分と急だね。もしかして、せっかち?」
「目の前で泣かれちゃあな。すぐにでも解決したくなるだろうよ」
「そう……。ダイチくんは優しい人だもんね」
そう言ってアヤメは笑った。
その笑みに、ようやくオレも心が和らぐ。
それでも本当に見たいのは、別のものだ。
涙の跡のない、純粋な笑顔。
それを見るまで諦める事は無いだろう。
それからオレたちは眠りにつき、朝を迎えた。
午前8時。
農作業には遅い時間だろうが、出立するには程よい頃合いだ。
この時間なら電車も走っている。
とにかく行けるところまでは交通網を利用したい。
「アヤメ、準備はいいか?」
「お金に、最低限の荷物。大丈夫だよ!」
「よし、行くぞ!」
玄関を勢いよく開けた。
これから先の困難に立ち向かうようにして。
天気が良いからか、日差しが強い。
逆光気味の太陽に目を細めた。
そしてその光を背負って、スミレが立っていた。
リュックサック付きで。
「遅かったですね。早く出ましょう」
こいつ何言ってんだ?!
その荷物はなんだ、なんでオレたちの動きがわかる、つうか学校行けよ。
「早く出ましょうって、お前は何を言ってんだ?」
「とぼけないでください、虫さん。イバラキから出ていくつもりでしょう?」
「……どうしてそれを?」
「魔術を前にして、隠し事など不可能ですよ」
魔術だと!?
それを聞いてオレはドキリとする。
腹の奥底を見透かされたような気分だ。
「この世界から出たいなら、私を連れていくべきです。この知識が必ず役立ちますよ」
転生前のオレであれば、大笑いしてる場面だ。
『魔術とか、コイツ何言ってんだよ!』なんて口にしながら、腹を抱えて笑っただろう。
でも今は、その胡散臭い言葉がとても心強かった。
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