第11話 身近な知略家
シャトルバスに揺られること十数分で到着した。
花のテーマパークというだけあって、園内は甘い香りに包まれていた。
空気が澄んでいる分、都心のものより贅沢さが感じられる。
「今はツツジがきれいなんだってね。早速見に行こうよ」
オレは花に興味のあるタイプじゃない。
正直言って、桜とバラくらいしかわからない。
それ以外の種類は『綺麗な花』としてインプットされている。
だから道々に出ている看板は、オレの脳内に一切入ってこない。
ベゴニアとかパンジーとか言われても、私には何の事やら。
「あら、アヤメさん。虫さん。奇遇ですね」
背後からネットリとした声がかけられる。
聞き間違えようもない、これはスミレだ。
つうか虫ってオレの事かよ、オウ?
「スミレちゃん、ここに居たんだ? さっき凄い勢いで自転車漕いでたよね?」
「ちょっと先回り……じゃなくて、花を愛する気持ちが逸ってしまってですね」
「そうなんだ、良かったら一緒に回らない?」
「はいもちろん。計画通りじゃないですけどご一緒します」
心の声が漏れすぎだ。
もう少しはカモフラしろっての!
妨害される予想は多少してたけど、本当にやるとは思わなかったぞ。
でもここで、ふと気づく。
ーーなんで先回りする必要があった? 行く途中で合流する事もできたじゃないか。
その疑問の答えについては、30分もかからずに判明する。
「ツツジっていいよね、この薄ピンクの種類が好きだなぁ」
「うちの学校にもたくさん咲いてますよ。今度見に行きませんか?」
「本当? じゃあ、今度遊びに行くね」
花の話題で盛り上がる2人。
知識ゼロのオレは完全に蚊帳の外に居た。
アヤメとのデートのはずが、女子会に付き添っているような図式になっている。
どこかで主導権を取り戻さないと……。
しばらく園内を歩いていると、道が二手に分かれた。
こういう場面くらいは話に参加しなくては。
「どっちに進もうか?」
「うーん、右のほうに行ってみないか?」
「右は夏ゾーンです。花どころかツボミすらなってませんよ」
「そうなんだ、じゃあ左にしよっか」
くそッ、二択を外したか。
オレは2人の後を追いかけた。
しばらく進むと、また同じように分かれ道に出た。
「あ、まただ。これはどっちがいいのかな?」
「右だと入り口に戻っちまうみたいだ。左に進もう」
「いえ、左は花壇の改修中で、見るべきものはありません。一度入り口まで戻りましょう」
「そうなんだ。じゃあ右の方に行こうよ」
オレはここで理解した。
こいつが先回りした理由を。
事前にリサーチすることで、主導権を握り続ける為だったんだ。
そして場を自分のコントロール下に置き、オレたちの急接近を阻止するつもりだろう。
実際デートしている実感はなく、普通のお出掛けのような空気感だった。
ガキだと思って侮っていたが、こいつは手ごわい。
このピンチを抜け出すには全力で当たらないと!
「へぇ、花クイズだって。なんて名前なのかな?」
看板に花の絵が書いてある。
絵の下は空白になっていて、名称が伏せられていた。
当然だがオレにはさっぱりだ。
三枚のイラストが全て同じ花に見えてしまうくらいだ。
花オンチにも程があるとは思う。
「左からチコリ、セントーレア、クリスマスローズですよ」
「すごッ! スミレちゃん詳しいんだねぇ」
「フフフ、それほどでもないですよーフフフ」
クソッ、今のは不正だからな!
前もって答えを知ってたらオレだってなぁ……。
覚えられねぇな、うん。
全部キレイな花です!
それからもずっと、スミレの快進撃は続く。
オレは防戦一方どころか、存在感すら無くしてしまう有り様。
『あれ、居たの?』などとイジられるのも時間の問題だろう。
なんとかして突破口を見つけなくては……。
「光ゴケ展だって。こんなのもあるんだね」
「さすがアヤメちゃん。そこに食いつきますか。実はもうチケットは手配済みです」
そう言いつつ別売りのチケットを、オレたちに見せつけた。
さも当然のように、それは2枚しかなかった。
「ではアヤメちゃん、一緒に行きましょうか」
「ちょっと待ってよ。それじゃダイチくんが入れないじゃない」
「ダメですよ。あんな男と暗がりなんかに入ったら、すっごいエロいことされますよ」
「いやいや、そんなこと無いってば!」
アヤメが展示会口に引きずり込まれようとしていた。
スミレは片手で彼女を御している。
なんだよその握力は、気持ち悪ィ。
「ダイチくーん。悪いけどそこで待っててー」
それが別れの言葉となった。
本来ならオレもチケットを買って入るべきだろうが、あいにく無一文だ。
なぜなら初給料をまだ貰っていないからだ。
だからこうして、入り口付近でただずんでいる。
ふふふ、泣きてぇなぁ。
つうかちょっと泣けてきた。
「あぁーん、あぁーん!」
いっそこのまま帰りたい。
下宿先の家じゃなくて、東京の実家に。
両親にも顔を見せて安心させたいし。
突然やって来た疎外感に、心は挫けてしまいそうだ。
「パパァー、ママァー!」
「うん、お嬢ちゃん。どうしたんだい?」
さっきから側で女の子が泣いている。
年は5歳くらいだろうか。
回りに保護者が居ないことから、この子は迷子のようだ。
右手に風船、左手にスタンプラリーの紙が握られている。
それらの装飾品が、一層悲壮感を押し上げていた。
「お嬢ちゃん、お名前言えるかな? おうちはどこ?」
「あーん、あぁーん!」
ダメだ、会話にならない。
こんな時ってどうすればいいんだっけ。
あやす?
笑わかす?
悟らせる?
変顔で笑わそうとするも、失敗。
優しい声かけで安心させようとするも、失敗。
何かお菓子を……と思ったが何も持っていない、失敗。
「誰かー、こんなケースに慣れてる人来てぇーッ」
「パパァー、マンマァーッ!」
幼女のピンチに手を差しのべるオレ。
今度はオレが助けを必要としている。
完全に二次災害だ。
そんな惨劇に救いの声がかけられた。
「おまたせーって、何があったの?!」
「アヤメちゃんに相手にされないからって、そんな幼い子を……。もはや犯罪者ですね」
ナイスタイミングだアヤメ!
今のお前は女神に見えるぞ!
あとスミレ、いい加減にしないとグーでいくからな?
「見ての通り迷子だよ、どうすりゃいいかわかんねぇんだ」
「うーん。まずは迷子センターに連れていこうよ」
「虫さんもそこに置いて行きましょう。彼は人生の迷子ですから」
迷子センター!
そうか、その手があったな。
さすがアヤメ、可愛いし賢い。
スミレの暴言は放っておくのかって?
誰でしょうね、その人。
知らない子ですね。
それから迷子センターへ連れていった。
するとそこには、既に親御さんがいた。
見当違いな場所を探し回っていたようで、顔には疲れが見え隠れしている。
「ママァーッ」
「良かった! どこ行ってたのよ、この子は」
思いの外アッサリと解決してひと安心だ。
まだ若そうな夫婦に何度もお礼を言われ、そして去っていった。
女の子はさっきまでの泣き顔とは打って変わって、満開の笑顔だ。
それは周囲に咲き乱れている花々に引けを取らないほどだ。
一家3人の後ろ姿を見送っていると、不意に不快な声が耳についた。
無感情で、体温の無い声が。
「あの子は、家に帰れるのね」
オレは窺うようにしてアヤメの顔を見た。
彼女はただ一点を見つめるばかりで、オレと視線が合うことは無かった。
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