第10話 敵と味方
「いっつも家の子がお邪魔して悪いねぇ。アレは言っても全ッ然聞かねぇんだわ」
お昼時。
農地の前でお昼を食べていると、隣のおばちゃんがやってきた。
切り干し大根を差し入れに。
相変わらず料理が上手なので、自然と箸も伸びていく。
「スミレちゃんと居ると楽しいんで、気にしないでくださいよー」
「歳の近ぇ娘が、アヤメちゃんくらしかいねぇべ? だから楽しくって仕方ねぇみてぇでよ。迷惑かかるから止めろーッて、うちでも止めてたんだけどさ。最近また酷くなっちまったなぁ」
そうか、ここ最近になって急に現れたのは、おばちゃんが止めててくれたのか。
そこはなんとか頑張っていただきたい。
切り干し大根をムシャリしつつ、腹の中で呟く。
「色々と趣味の話ができるんで、私も助かってるんですが。年頃の娘さんを遅くまで上げるのは……不味いですよね?」
「家はすぐ隣だから、そこは大事(ダイジ)なんだけど。邪魔したら悪いべよ?」
「邪魔って、何のです?」
「やだよこの子ったら! 一つ屋根の下に男女が暮らしてたら、あとはわかんべよ!」
ナイス援護射撃!
娘と違って母はマジで優秀!
そんな風に外堀をジャンジャン埋めちゃってください。
あと大根美味しいです。
「その事なんですけど、全然そんな関係じゃなくって……」
「なぁに言ってんだべ、照れちゃってよぉ。今日はお礼も兼ねてこれ持ってきたんだ。2人で行ってきな」
出されたのは2枚のチケットだ。
『フラワーパーク』の印字が見てとれる。
印刷の具合から言って、ちゃんとしたスポットのようだ。
「お気持ちは嬉しいんですけど、そのチケットはちょっと……」
「松崎さん、有り難くいただきます。あと切り干し大根めっちゃ旨かったです」
「あれまぁ、もう食っちまったのけ? こんだけ食いっぷりが良いと作った甲斐があんべよ。なぁ、アヤメちゃん!」
「それは、まぁ……そうですね」
よしよし、チケットん貰いつつも話題を変えることに成功した。
これでもう後には退けまい。
地味ながらも、今のはファインプレーじゃないか?
結局アヤメは突っ返すタイミングを見失い、うやむやのままになった。
休日デートが決定した瞬間である。
そしてデート当日。
いや、人生初のデートの日。
昨日は緊張であまり眠れなかった。
でもその代わり、諸々のイメトレはバッチリだ。
スマートにエスコートして、乙女心ごと引っ張ってやるぜ!
服装だが、これは転生当初に着ていた格好をチョイスした。
ここに来てからアヤメが何着か着替えを用意してくれたけど、デートには不向きなものばかりだ。
でかでかと『ゲシュタルト崩壊』って印字されたロンTやら、子猫(実写風)がフルサイズで背中にプリントされたシャツは、さすがに雰囲気にそぐわない。
薄い春ジャケット、無地のTシャツにジーパン、これで無難だろう。
「お待たせー、遅くなっちゃったかな?」
普段とは少し違う、よそ行きのアヤメがやって来た。
ニット帽に紺のパーカー、レースつきの白いロングスカート。
うーん、この程よいフェミニン感。
やるじゃない。
「まずは駅に行こっか。そこからシャトルバスが出てるから、それに乗ろうよ」
「へぇ、送迎してくらるのか。それは便利だな」
でも駅まで歩いて40分かかるんだって。
バスもほとんど走ってないってさ。
不便だね。
チャリに乗る案も出たけど、天気が良いのでノンビリと歩くことにした。
今は4月下旬、散歩に調度良い時期ではある。
名前の知らない花を愛で、変な形の雲を指し、蝶をノンビリ連れ歩く。
おおぉ、これがデートってやつか。
何をするでもないのにドキドキするなぁ。
このホンワカ感、たまらないね。
ずっとこのままで居られたら良いのに。
そんな願いも空しく、1人の行動によってそれは壊された。
背後から迫り来る、タイヤの駆動音。
尋常じゃない速さだ。
オレたちは反射的に道の端に飛び退いた。
すると猛スピードのチャリが、轟音と共にオレたちを抜き去っていった。
あの後ろ姿はスミレに違いない。
競輪選手のように腰を浮かせつつ、ママチャリを疾走させ、あっという間に見えなくなった。
「今のスミレちゃん、よね? あんなに急いでどうしたのかなぁ」
「さぁ。名物ラーメン屋のスープが終わりそうなんじゃね?」
「まだ朝の10時なんだけど。それにこの辺りで有名なお店は無いよ」
嫌な予感がする。
それに抗うように軽口を叩いたんだが、気が紛れそうにない。
その後、オレの予感は悪い方へと的中する。
良い雰囲気も序盤だけ、という結末となるのだった。
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