第8話  晴耕雨読(現代版)

アヤメの言っていた通り、体ってのは慣れるもんだ。

あんなに辛かった作業も今では問題なくこなせる。

少なくとも体力面においては。

それだけでも朗報だった。



「雨、止まないね」

「今朝のニュースによると一日中降るらしいぞ」

「しょうがないね。今日はお休みだね」

「おおお、初めての休みじゃねえか」



天気悪いとオフになるってすげぇ。

晴耕雨読を地でいってんのな。


まぁ、やる事が無くて暇だけど。

足元悪いから外出るのも億劫だし。

かと言って家の中に目ぼしい娯楽品はない。



「アヤメは普段の休みに何をしてんだ?」

「うーん、読書かな。それかゲームだね」

「ええ、ゲームあったの? オレもやりたいんだけど」

「じゃあちょっと待ってて、用意するから」



用意?

一々片付けてるのかよ、マメだな。

テレビの回りにはそれらしきものは一切無い。

クローゼットにでもしまってるんだろうか。


それにしても、アヤメがゲーマーだったとはな。

箱庭系とか動物ものとか似合いそう。

でも意外と対戦格闘かもしれない。

あーいうタイプに限ってメチャクチャ強かったりするんだよな。



「おまたせー。ちょっと探しちゃったよ」



彼女が用意したのは一冊のノート、ペラ紙、妙な形をしたサイコロだった。

まさかのアナログ。

最新機種なんて期待してなかったけど、アンプラグドは予想外だったぞ。



「アヤメさんや。これで一体何をしようと言うのかね?」

「ああ、ごめんごめん。これはTRPGって言う遊びなんだけど、知らない?」



知ってる、というか動画で見たことがある。

テーブルトークRPGというやつだ。

シナリオを管理する人と、キャラクターを演じる人に分かれて遊ぶ、緻密な『ごっこ遊び』のようなもの。

状況やストーリーを提示する「ゲームマスター」相手に、「プレイヤー」側は行動やコマンドを選択してシナリオクリアを目指す。

この遊びは一時期動画サイトでも流行った事があり、ランキング上位を独占した日もあったっけな。



「やったこと無いから、詳しくは知らないぞ」

「そうなんだね。じゃあ短いシナリオをやってみない? つまらなかったら、それでお仕舞いにしていいから」

「うーん。取り敢えずやってみるかなぁ」

「ありがとうー。じゃあ早速だけど、キャラシートを埋めてね」



渡された紙は表のようなものが印字されていた。

名前、年齢、職業といった欄があって、パッと見は履歴書みたいだ。

他にも体力、精神力、スキルなんて項目もあるから、間違いなくゲーム用だとわかる。



「えっとね、まずキャラの作り方だけど……」



アヤメに手解きを受けつつ、ゲームはゆったりと始められた。

そういや、どんなシナリオなのか聞けてないな。

初心者向けな内容だと助かるんだが。



…………

……



「君は今、研究所の渡り廊下に居る。辺りに人の気配はないが、ヌチャリヌチャリと耳慣れない不快な音だけは認識できている。それはゆっくりと君の方へ近づいているようだ」

「クッソ、追い詰められた。辺りに部屋らしきものはあるか?」

「扉は手前と奥の二つ。どちらも鍵は掛かっていないようだ。さぁ、どうする?」

「2択かよ! うーん、聞き耳をたてて中の様子をうかがう!」

「技能判定……はいらないか。どっちも音は聞こえないね」

「よし、手前に入ってやり過ごすぞ」

「じゃあ、化け物から逃げられるか『幸運技能』でサイコロ振ってね」



オレは妙な形をしたサイコロを手に、ありったけの願をかけた。

ここで良い目が出れば状況は好転するはず。

うなれ、オレのダイスロール!

成功しろーッ!



「あー、これだと『致命的失敗』だね。起こりうる出来事の中で、最悪の結果が待ってるよ」

「アアァン!」

「化け物にバッチリ見られてたから、隠れた部屋のドアが破られそうになるね」

「オオォン!」

「ここでどうする? 何もしないなら扉が破られちゃうね」

「うーん、うーん。こういうときどうすれば。うーん、うーん」

「はい、時間切れ! ドアは無惨にも破られ、見るもおぞましい化け物をシッカリ見ちゃうね」

「あぁ、これでまた『正気度』が削られていくのか……」



正気度ってのはこのゲームのパラメータのひとつ。

怖い目に遭ったりすると数字が減っていき、残りが少なくなると発狂したりする。

そんな生々しい数値だ。

まぁ、どうでもいいんだけどな。

この後すぐにゲームオーバーになったからさ。



「残念。君は化け物に殺されてしまいました!」

「謎が、あの研究所の謎が気になる。せめて解明だけはしたかったー!」

「うんうん、気になっちゃうかー。知りたいならゲームの中で解き明かさないと、ね?」

「おっし、絶対にクリアしてやるぞ」



この頃にはすっかりのめり込んでいた。

TRPGはゲーム機と違って、パターンや限界のようなものがない。

思考停止しつつボタン連打、のような気の抜ける場面もない。

現実的な提案は大概通るし、その結果も予想外だったりする。

そのドキドキが新鮮でたまらないんだ。


オレたちは食事も忘れ、ひたすら遊びに興じていった。


…………

……



「召喚された邪悪なる神は、その触手を君の体へと伸ばし、ギリッと締め付けてくる。ダメージ判定入ります」

「おおぅ、体力の残りは7だぞ。なんとか耐えてくれ……」

「ダメージ量は、21だね」

「ファーック!」

「君の意識は一瞬で刈り取られてしまった。そして、闇の中へと引きずり込まれ、二度と光が差すことはなかった」

「あぁ、4人目のオレもダメだったか……」

「敗因は召喚を止められなかった事だねー、こういうのは事前に阻止するのがセオリーだよ」



そういうものなのか?

普通のゲームだと、復活したラスボスを倒してのエンディングじゃん。

まぁプレイヤーキャラは、伝説の血を引いた勇者とかじゃなくて、探偵や教師とか一般人なんだけどさ。



「楽しいんだけど、お腹すいちゃった。出前でもとろっかー」

「ぐぬぬ。まだまだやれるが仕方ないな」

「アハハ、また後で再開するから。ご飯食べようよ」



アヤメが電話片手に言った。

こいつも大分ガチなタイプだな。

きっとマニアなんだろう。

全力でハマッたオレとしては、その方が助かるけども。



しばらくして。

届けられたのは、冷やしたぬきと天ぷらだった。

モチモチ太麺に、シャッキリな胡瓜とサクサクな天かすが絡み合うという、食感のテーマパーク。

鰹だしの濃いめの汁が、薬味のミョウガとも相性抜群だ。


天ぷらも揚げたてのようで、かぶりつくとシャクッと良い音が鳴る。

レンコン、舞茸、イカ、ししとう。

オレはそれらに塩をつけていただいた。

アヤメは天つゆで食べるようだ。

それもまた、良いだろう。



「それで、1本目のシナリオの話だけどさ」



この場面においてもその話か。

やっぱりアヤメはガチ勢だな。

バッチ来い、ゲーマー女子。

むしろ大好きだ。



「2本目はまだ苦戦中だけど、1本目は簡単にクリアしちゃったよね」

「最初にやった短いシナリオか。あれは運も良かったよ」



自分の住んでる街に異変が起きて、それを調査するっていう話だ。

謎を解いていった先に、ボスとして黒幕の魔術師が現れる。

力じゃ勝てそうになかったから、工夫してみたんだよな。



「あそこで『説得』するなんて意外だったなぁ。てっきり拳で解決すると思ってたのに」

「ふふふ。暴力は何も生み出しはしないものだよ」

「でもキャラクターが強かったら、殴り倒してたんでしょ?」

「うん、モチロン」



オレたちは食休みもそこそこに、またゲームの世界へ没頭していった。

それから何度トライしても、シナリオクリアとはならず。

そして夜も更けた頃、次の挑戦は翌日へ持ち越しとなる。

悔しさ半分、やり甲斐半分。

完全にTRPGの虜になってしまった。

アヤメも嬉しいのか、いつもより機嫌が良いようだ。


こうしてオレの日常に、新たなライフワークが追加される事となる。

それは一歩一歩、イバラキに順応している証しでもあった。

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