第4話  先輩からの提案

少女に案内された場所は、集落のほど近くにある平屋だった。

広大な畑に寄り添うように、ポツンと置かれたトタン作りの錆び付いた家。

ギギギィと大きな音を立てながら、ゆっくりとドアが開かれた。


「どうぞ、入って。あんまりキレイじゃないけどね」


見た目に反して、中は意外とキレイだった。

木の壁は年季が入っていてシミだらけで、床もあちこち大分軋むが、掃除が行き届いているようで汚い印象は受けない。

所々飾られているキャラものの雑貨が、それらと不思議な対比を生み出している。

くすみきった台所のタイルも、鮮やかなカーテンやクロスに挟まれる事で、「古臭さ」が「ビンテージ」に変換されているように感じられた。


「飲み物を用意するから、そこに座って待っててね」


大きめのテーブルを指差しつつ、彼女は言った。

ダイニングテーブルの上には鮮やかな花が飾られていて、それがまた室内の明るさを手伝っている。


オレが住んでいた板橋のアパートは築10年という新しめの建物だが、中はここほど整ってなんかいない。

内装そのものはキレイなんだが、ズボラな性格のせいで散々な有様だった。

シンクは使用済みの食器で埋まり、三角コーナーは「この世の果て」のようになっていて、生ゴミを入れた袋が適当に置かれていたせいもあって、台所は嫌な臭いで充満していた。


この家にはそんな不潔な要素は見当たらない。

隙のようなものが全く無い。

うーん、これが女子の家ってやつか。

それともオレが酷すぎるだけか?



テーブルにコトリ、と2つのマグカップが置かれる。

中身は温かめの紅茶だ。

優しげで甘い匂いが鼻を包み込む。

ささくれていた心がほぐれるようだ。



「自己紹介がまだだったね。私は下川アヤメ、歳は18よ。地元は東京の北区……って、それはもう言ったわね」

「檜山ダイチ、20歳の大学生。実家も下宿先も板橋だ。経験のために独り暮らししてたけど、その結果ここに転生しちまった」

「そうなんだ、ダイチくんもやっぱり死んだ人なんだね。私は卒業旅行中に水害に遭ったみたいで、そこから先は覚えてないわ」

「それはそれは……若いのに大変だったな」

「ダイチくんも若いのにね。そっちは事故? それとも持病か何か?」

「ええと、事故と言えば事故……かな。つうかこの話題やめない?」

「そうね。気分のいい話題じゃないもんね」



女にフラれた後のやけ酒で死にました、なんて言えるかよ。

しかもそれを女子の家でなんて、ハードル高すぎるっつの。



「それでさ、わざわざここに招待したのもさ、お願い半分なんだよね」

「お願い?」

「そうなの。これから畑でスイカを栽培しようとしてるんだけど、人手が欲しくってさ」

「それを手伝えって言うつもりか?」

「ちゃんとお給料出すから。お金無いんでしょ? 他に頼る当てだって」

「なんでそんな事がわかるんだよ。違うかもしれねえだろ」

「私も転生者なんです。経験済みでーす」



そうだった、言っちゃあ先輩なんだよな。

オレは現在所持品ナシ、所持金ナシの「ゼロゼロ男」だ。

口ぶりからすると、アヤメも転生当初は同じだったんだろう。

つまり手の内が読まれきってるという事だ。

焦らすなりして譲歩を引き出す余地は無さそうだ。



「……まぁ、何にしても金は要るよな。あと住む場所も」

「寝泊りならここ使っていいよ。あと1人くらいならどうとでもなるし」

「ん? 何言ってんだよ。それだと一緒に暮らすように聞こえるぞ?」

「聞こえるも何も、そう言ってんの」

「いやいや、若い男女がここで? そりゃいくらなんでも……」

「大丈夫だって、私強いし。何かあっても撃退できるよ」

「そ、そうか」



そんなパターンで拒否されるとは思わなかったぞ。

つうかオレのドキドキを返せ!

傷心の非モテ男子からかって楽しいんか、オウ?



「あ、もちろん家賃・生活費は給料から天引きね」

「まさかそれを狙っての同居じゃねえよな?」

「うーんとね、正解です!」

「クッソ当てたくなかったーッ!」

「アハハ。でもちゃんと給与計算はするよ。その辺はキッチリやるから、どう?」

「わーったよ、やりますよ。どの道選択肢なんかねえんだ!」

「やったね! これから仲良くしてね、ダイチくん」



こうしてオレは、転生先で『農家』としてリスタートした。

今日知り合った少女と2人暮らしという、稀有な状況下で。

最強チートスキル持ちのモテモテハーレムなんか一切無かった。

その枠を掴み取る事が出来なかった運命を呪うしかない。



「ちなみに時給780円だから」

「やすッ!」



まとまった金を貯めるのはいつになるんだろうか。

見通しの立たない未来へのため息が、手の中のマグカップの中へと落ちていった。

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