第2話  転生者、立つ

気がつくと、オレは草原に居た。

整備された跡はなく、手付かずの空き地のような場所だった。

キチキチと虫が鳴き、鳥がピュイピュイとさえずり、風のそよぎに草木が揺れる。


随分と長閑(のどか)だけど、ここはどこなんだろう。

現地の人に尋ねたいけど、辺りに人影は無い。


「まいったな、どこかに集落でもあればいいけど……」


付近を警戒しつつ探索していると、舗装された道にたどり着いた。

その道の先には建物らしきものが見える。

あそこまで行けば人に会えるかもしれない。


「住民が友好的かはわからんが、行ってみるしかないか」


この世界の情報も、手荷物ひとつ持っていないオレに選択肢などなかった。



道は一本道で、ひたすら真っ直ぐに延びている。

左右にあるのは広大な田んぼだ。

それは果てが見えないほど、地平線の彼方まで埋め尽くしている。

ひょっとすると、この世界は実りが豊かなのかもしれない。

少なくとも『荒れ地スタート』よりは難易度が低そうだ。



「しかし、妙に遠いな。建物は見えてるのに、全然たどり着けないぞ」



体内時計が狂っているのか、それとも遠近感がおかしくなったのか。

もう15分は歩いているだろうに、目的地はまだまだ先だ。

それから倍以上の時間をかけて、ようやく集落にたどり着いた。

その時『剣と魔法の世界で大冒険』なんていう期待は儚く散ることとなる。



トタン造りの錆び付いた家に、こじんまりとした商店。

くたびれたような電柱と電線。

アスファルトの道路に駐車している軽トラック。

ここは完全に現代社会だ。

看板などからして、日本である事も確実だ。

東京育ちのオレからすると、あちこちに理解できない物も目に映るが。


まず、個人経営の店。

肉や野菜の生鮮食品だけでなく、電池に文房具にバケツまで扱っている。

一体何屋なのかわからんラインナップだ。

店先に貼ってある宣伝用ポスターも、日焼けしきっていて文字すら判別できない。

なんで剥がさないんだろう?


郵便ポストも気になる。

見慣れた長方形型じゃなくて、ダルマ型のものだ。

まぁ、それはいいか。

目を引くのは、その隣にある『真っ白い』ポストだ。

なんだこの色味は?

何か重要な意図があるのか?


どうやらオレは、かつて暮らしていた板橋と『似てはいるが違う世界』へとやってきたようだ。

それは言語に大きく現れている。



「づってもよぉ、ダイジだダイジだぁって言われでもよぉ」

「ミシコラ、ミシコラ」



盗み聞きした住民の会話だ。

日本語のようだが、何を言ってるかはサッパリだ。

テレビで栃木だか群馬の特集をやってるとき、こんな訛りを聞いた気がする。

ひょっとすると、ここも北関東のどこかなのかもしれない。


とにかく今は情報が欲しい。

穏和そうな2人組のおばちゃんに話しかけてみた。


「あのすいません、ちょっとお尋ねしたいのですが……」

「なんだっぺ、オニーチャン余所の子け?」



う……、ギリギリわからない。

でも表情そのものは悪くないから、敵対はされてないようだ。

手早く質問だけしてしまおう。



「ええと、道に迷ってるんですけど。ここって栃木か群馬あたりなんですかね?」

「トツギぃ?」

「グンマぁ?」

「……え?」



さっきまでとは打って変わって、対応が一気に固くなった。

その目には憎悪が、侮蔑が、憤りが宿っている。

オレは何か、この人たちの地雷を踏んでしまったのか?


2人は感情を隠す気のないまま、オレにジリジリと迫り始める。

この空気は……ヤバイ。



「あの、すいませんでした。失礼しまーす!」

「トツギぃ」

「グンマぁ」


頭を下げつつ、その場を立ち去ろうとした。

けれど、それは妨げられた。

いつの間にか、大勢の人に取り囲まれてしまったからだ。

口々に「トツギ」「グンマ」と呟きながら。

両目を悪意に染め上げながら。



「あの、皆さん。どうかしたんですか?!」

「トツギぃぃ」

「グンンマぁぁぁ」



アリの這い出る隙間も無い程、グルリと囲まれてしまった。

その包囲の輪も徐々に狭まっている。

一体なんだってんだよ?

オレが何をしたって言うんだよ?!



その時だ。

包囲の外側から、猛スピードで突入する人影が見えた。

その人物は器用に人波を掻き分け、あっという間にオレのもとへと辿り着いた。



「逃げるよ、急いで!」



颯爽と現れた少女は、オレの手首を掴んで再び駆けだした。

出るときも同じようにして、人垣を縫うようにして通り抜けていく。

周りの人々は手こそ出さないものの、恐ろしい形相で睨み付けてくる。

目を合わせないように、視線を落としながら彼女の背中を追った。



そして集落から離れ、脇道に入り、森の中をしばらく走った。

追いかけられてはいないようで、辺りから人の気配は消えている。



「ここまで来れば、大丈夫、かしらね」

「はぁ、はぁ。ありがとう、助けてくれて」



雑木林で腰を落ち着けた頃には、すっかり息があがっていた。

なんとか呼吸を戻しつつ、彼女に聞いた。



「あのさ、ここってどこなんだ?」

「やっぱり、あなたは転生者ね。ここで生まれ育った人じゃないでしょ」

「ああ、その通りだよ。勿体振らないで教えてくれないか?」

「そう、やっぱり。外から来た人……なのね」



彼女はそこで口をつぐんだ。

言葉を選んでいるのか、それとも気を遣っているのか。

教えて欲しいが、知るのが怖い。

そんな綱引きをしていると、彼女は口を開いた。


「ここは忘れ去られた大地、イバラキよ」


その言葉は、オレの膝を折るのに十分なものだった。

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