転生したら、そこはイバラキだった
おもちさん
第1話 知らない方が幸せ
「あなたは、死にました」
暗闇の中で、不躾(ぶしつけ)な声が聞こえてきた。
若い女……だろう。
とても明瞭で、そして透明感のある美しい響き。
姿カタチは見えないが、何となく美人なんだろうなと思う。
「死んだかー。とうとうオレも……、死んだ?!」
本当に?!
これマジのやつ?
友達の悪ふざけとか、イタズラじゃなくて?
確かに自分が置かれている状況には強烈な違和感がある。
言葉を発せない、というか口と呼べる部分が『無い』ようだ。
もちろん比喩なんかじゃなく、口を動かしたという感覚がない。
反射的に手で顔をまさぐろうとしたが、ダメだった。
どうやら両手も同様に『無い』ようだ。
腕どころか、指一本分の感覚が消え去ってしまっている。
てっきり寝ぼけているのかとも思ったが、意識は妙にクリアだった。
まるで8時間寝た後のような爽快感すらある。
ただ、体だけを何処かに置いてきたような感覚だ。
そこまで思考が辿り着くと、寒気に襲われた。
ーーオレ、本当に死んだのかも……。
何者かの声が聞こえてくる。
これも『聞いている』んじゃなくて『感じてる』のかもしれない。
きっと耳も無くなっているだろうから。
「あなたは20歳にして、この世を去る事となりました。死因は割と雑なので、割愛します」
「そ……そうか。できれば知りたいんだけど」
「では、かいつまんで。あなたは幼なじみの女性に猛アタックするもアッサリ振られ、やけ酒を始めます。ビール、サワー、水割りまでは良かった。何を思ったのか焼酎を原液のままラッパ呑みを始め、そこで倒れます。自宅に一人でいた為そのまま……」
「わかった! もういいからその辺で止めてくれ!」
「そうですか。知らないままでいたかったでしょうか」
ああああ、色々思い出してきた。
大学から帰る途中のアイツを呼びとめて、近くの公園に連れてった。
そして夕焼けをバックに告ったんだ。
相手は言葉よりも先に、顔で返事をした。
最初は「え?」という驚いた顔。
それが段々曇っていき「あー。これどうすっかなぁ」という表情で落ち着いた。
結果?
轟沈だよこのヤロー!
この声の主の通りだ、知らずにいた方が良かったよ!
「ですが、嘆く事はありません。あなたには次なる人生が用意されています。今までの暮らしとは大きく違う世界での、新たな日々が待っていますよ」
「へえ、小説で読んだ事あるぞ。こんな話が実際あるんだなー」
板橋区の1ルーム暮らし、Fラン大学在籍の非モテ男がどこまで変われるやら。
ひょっとしてチートスキル貰えたり?
美少女ハーレムやらケモミミ美女とかもある?
奴隷嫁とかも付いてきちゃったりたり?
「随分と好意的に捉えてもらってるようですが。はじめに謝っておきます、すみません」
「ええっ? 何に対しての謝罪なんだ?」
「あなたの転生先についてです。他の枠は全て埋まっていました。これも巡り合わせだと思って諦めてください」
淡々と恐ろしい事実が告げられた。
一体どんな世界に飛ばされちまうんだ……。
恐竜や猛獣が支配している世界とか、男色なオジさんしかいないBLな世界とか?
聞いておくべきだろうが、質問をするのが怖い。
『知らぬが仏』をものの数分前に体験した身としては。
「私から、最初で最後のアドバイスです」
「最初で最後……?」
これはきっと聞き逃したらマズイだろう。
今後生きていく上で重要な情報になるはずだ。
忘れてしまったが為に『詰み』の状態になるなんてお断りだ。
「ええと、アドバイスですが……。すいません、やはり何も言うことはありません」
「はぁ?!」
「では、新しい人生をお楽しみください。生きてればいい事ありますよ」
「アドバイスを寄越せよぉぉーー……」
そうしてオレの意識はプツリと途絶えた。
次に目を覚ましたときは、芳醇な草木の匂いによって出迎えられる事となる。
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