8:人で無し
「……以上が、今回の探索の結果となります」
「うん……よく頑張ったよ、君は」
笠井と『ヴィクター』の決死の行動により生還した僕は、翌日にメアリーに探索の成果を伝えた。あの異世界の扉は閉められ、永遠に途絶されるだろう。
それほど、実りのない探索であった。
「こうも空振りが多いと悲観的になってしまう……一体いつになったら、まともな人間のいる世界に辿り着けるのか」
「…………」
「……もしくは、オリジナルの人間が存在しないこの世界の隣には、そんな異世界はないのだろうか」
メアリーが語るそれは、探索当初から発せられていた悲観的な結論であった。
異世界とは、並行して存在する類似する世界だ。多少の変化はあるが、基本は同じ。
そうであれば——オリジナルの『ヒト』が絶滅し、彼らの部品として造られた『クローン人間』である我々が形成する世界の隣に、『ヒト』がいる可能性は極端に低くなる。
「私は、決して信じたくはない。だがそれ以上に、死が怖い。クローニング技術のおかげで『私』は死なないだろうが、今の『私』は消えてしまう……その苦しみを、君は知っているだろう?」
「……笠井」
「そう。明日にでも会える彼は、以前の彼に近しい別人だ。人格のベース、ここまでの記憶こそ同じだが、絶対に何かが異なる。異世界と同じようにね」
それが、僕と彼女の死ねない理由でもあった。
異世界探索による『ヒト』の発見は、我々の世界を再び人類の存在する世界にするために必要な、政治的命題だ。
だが、本来の——『オリジナルの宮守 剣』は、ノーマンの開発者であり異世界探索に参加するほどの勇敢な人間ではない。愛する人を失ったまま、何もできない腑抜けに戻る。
それは――笠井や『ヴィクター』が許してくれない。
「……まったく、ノーマンという名前は嘘っぱちじゃないか」
「どうしてそう思うんです?」
「君の最後の映像を見てね。たった一つの命を、最後に君のために使ったんだ。あの代わりはいない。私達のように、代わりの肉体はもう造られない」
『ヴィクター』は古く、もう製造されていない。そういう意味でも、あの肉体は最後の肉体とも言えた。
最後の命を、僕のために使った。脱出機構と言えばそれだけだ。でもそう思えば、もうそれは、その行動の意味は――
「人間は、一つの命だけで生きてきた、らしい。そう考えると、我々のようなオリジナルの在り方を模倣しているに過ぎない、生き終わる事のない生物を『ヒト』と呼べるかね?」
メアリー・パーシーはそう言って悲しい表情を見せる。
そして話は最初に戻る。どんなに人間と同じ社会を形成しても、人格を模倣しても、その中で形成した記憶を以て『人間』と呼称しても――正常な遺伝子を有した『ヒト』はこの世界にはもういない。
幹から伸びる枝が、再び幹に戻る可能性があるか。ましてや、先端までに至ったそれが。
「ゼロではない。だが、そこまでにどこまでかかる? そして、本当に辿り着けるか? 私は……」
「もういい。そうやって、僕に悲しみを教えなくてもいいんだ。メアリー・パーシー」
今になって解る。彼女がなぜ、僕にその醜態を見せるのかを。
毎日、変わらない世界。人工的に再現した自然は味気がない。オリジナルに記された生活習慣を再現し、我々は疲弊していくばかり……記憶は続き、死こそが救いに見えるが、それは刹那的な終わりにすぎない。
正解のない問題に立ち向かうには、僕達『クローン人間』はあまりにも脆弱なのだから。
=×=×=/=====
クローニング施設に立ち寄ると、白衣を着た老人が、僕の部品《パーツ
》の前で立っていた。
「帰りか?」
「工場長――」
「ここでは、シュタイン博士だ」
クローン技術の権威である彼は、そう言って僅かに笑みを浮かべた。その視線は、未だに眠っている僕のクローンへ向けている。
「笠井はもうここを出た。明日には会えるだろう」
「そうか……」
「こいつを使わなくて済むのはありがたいことだ。代わりに、孫を失ったがな」
『クローン人間』とはいえ、フランの父である彼にとっても、『ヴィクター』はそれほどの存在だった。
フランがデザインし、僕が設計し、博士が主導する、ノーマンプロジェクト……現存する試作機は、これで完全に死に絶えた。
「生殖機能がない我々と、メカニズムという遺伝子を有する人形……か。これを以てしても、我々は人間に遠く及ばないのだろうな」
分断されたプロセスは、永劫に結合しない。
ノーマンは死につつも成長を続け、僕達は生き永らえて異世界を探索し続ける。
あぁまったく――希望があるように見えて、何もない。僕達は、それでも『人間』じゃないのだから。
「宮守君。君は……どうするつもりだ?」
博士は心配そうに僕を見た。
ここで止まるか。まだ歩むか。
答えは、もう決まっている――
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