7:ひとのかたち

『ゲート……展開、完了しました……』


 声を震わせながら、空知は役目を果たした宣言をする。それを咎めるつもりはない。

 笠井を食った巨人は、手を失った右腕をだらんと大地に垂らす。すると、大地から湧き出た『ヒトでなし』が、消えた右手を形成し始めた。

 あの場にいる限り、あれは永続に再生する。そして、攻撃をした我々を本能のままに喰らう……。


「……空知。先にゲートに入れ」

『で、でもッ――』

「隊長権限により、エリザベスの操縦権を奪取。帰還を命ずる……お前は、生きてこの世界の事を伝えてくれ」


 空知の悲痛な通信を切り、『ヴィクター』の命令を受けた『エリザベス』は、その開かれた穴へと入っていく。

 別に、悲観的になったわけじゃない。空知の帰還の間、このゲートを死守しなければならない。そうでないと、あれがゲートを潜ってやってくる可能性があるからだ。

 コックピット背部に繋がれたワイヤーは、ある意味では僕の命の証明と言えよう。これが千切れたその瞬間こそ……僕が死ぬ時だ。


「笠井。悪いな。あの時、生きろと言われたけど」


 それは、あの日。最初の笠井が死んだ時の遺言。獣人世界の後に訪れた、屍が蠢く世界で死んだ相棒との誓い。

 ゲートから離れられないゆえに、笠井を掴んでいた右手が『ヴィクター』を掴む。ワイヤーは……辛うじて、指の隙間を通っているらしかった。


「それもここまでだ……僕は、ここで――」

『――ばかっ……言ってんじゃ、ねぇよ……』


 その声は、聴き慣れた声だった。

 擦れながらも、その相棒は辛うじて巨人の中で僕に訴えかける。


「笠井……」

『あの時の俺が……何を言ったかなんて、どうでもいい……ただ、ミヤッチ。時間がないから、これだけは伝えておく……』


 巨人の内部がどうなっているのかは解らなかった。少なくとも、声の様子では決して良いものではないだろう。

 ゾンビに飲み込まれた笠井と、その光景が重なる。


『俺は……お前に惹かれたんだ。あの灰色の世界で、一人、輝いていたお前に……』

「何を……」

『決められた今しか歩めない俺達の中で、お前だけが未来を信じて生きていた。そんなの見せられちゃ、俺はお前の願いを叶えたくなったんだ……』


 相棒の告白は、彼の原初の記憶に基づくものなのだろう。

 僕との最初との出会いの記憶は続いている。最初の笠井も、今の笠井も、明日からの笠井も……彼らは僕の願いを信じている。


「そんなの……勝手だ」

『勝手さ。俺は身勝手な不真面目野郎だ……だけど、そんな俺だって、命の使い方は解っている』


 その言葉は、まるで、今からその命を使い切ろうとしているように聞こえて――あの、自爆を思い出す。

 あの時は僕の機体が動力源を撃ち抜いた。しかし――


『ミヤッチ。逃げられるか?』

「……無理だ。握られていて、動けない」

『そうか……んじゃ、わりぃけど……俺の賭けに、乗ってくれや』


 ノーマンには自爆装置がついている。ノーマンの動力源である核エネルギーを爆発させ、周囲を木っ端微塵にする方法が。

 それが、この巨人の体内でも効果があるかは疑問ではあった。ミサイルも効かないほどの頑強さを誇るのだから。


「自爆するのか?」

『あぁ……それなら、握っている手も爆風で消える可能性がある……これしかないだろ?』

「くそ……」

『ミヤッチ。ワイヤー、繋がってるか?』

「……繋がっている」

『そっか』


 そう、いつもの軽さを最後に、笠井は僕に声をかけることはなかった。


『なぁ……怪物さんよ。てめぇがこの世界の人間の成れの果てならさ……』


 認識を後ろに向ける。ワイヤーはピンと張っている。時間からしても、空知が向こうの世界に到達している頃合だろう。

 僕はまた、一人の相棒の命を犠牲にして生き残るのだ。一つになれない僕達は、こうやって誰かの犠牲で生を繋ぐ。


『同じ、俺と一緒に、死んでくれやァッ!!』


 僕のことをミヤッチと呼ぶ、笠井の最後の叫びが耳に刻まれた。

 瞬間、膨圧が巻き起こる。巨人の胸部が膨れ上がり、内部の光が切れ間からはみ出した。それらが曝され、『ヴィクター』は全身で命の爆発を感じる。

 迸る衝撃の中、『ヴィクター』を動かそうとレバーを動かす。だが、巨人の肉が膜になったのか衝撃が足りていないらしく、握りしめられた手は離れない。


「くそッ! ヴィクタァーッ!!」


 死を間際にして、その名を叫ぶ。

 我が老いた子の名を。亡くなったフランが宿していた、親愛なる子の名を受け継いだ息子を。

 死んでもよかった。そう探索の前にはそう思っていたのだ。だけど、笠井は死ぬなと言った。僕は、幾つもの命を託されたのだ――から。


「生きるぞ……ヴィクタ――ッ!?」


 刹那。体が軽くなった。

 魂が肉体から離脱するように、『ヴィクター』の背中が見える――勿論、それは現実だ。ヴィクターの背面には、差し込まれた搭乗席のパーツがない。

 緊急脱出装置――広がった指の隙間から排出された僕は、そのままワイヤーを伝い元の世界へ戻される。


「ヴィクター……ヴィクターッ!!」


 ふと、意志のない我が子はその瞳をこちらに向けた。

 赤い瞳の色が霞む中、それでも最後に僕を見たのだ。


「お前も……僕に生きろと、言うのか……?」


 暗闇の中で見た、我が身を犠牲にした絡繰人形ノーマンは、最後に人間・・らしく、意志を託したのだ。

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