6:ヒトの果て

 その燐光は数分後に鎮まりを見せた。

 援護の必要はなかったと言える。元来、『ヴィクター』と『エリザベス』が調査機であり、『ウィリアム』が障害排除機なのだから当然とも言えるが。

 圧倒的であった――ゲートの展開の準備をする空知を一瞥しつつも、その爆煙の残り香に身を包む黄色の巨人を見て、そう感想を覚える。


『殲滅かんりょー。思いの外に弱くて助かったぜ』

『す、すごい……先輩って、とてもワイルドだったんですね!』

『……どういう印象だったんだよ』

『仕事もまともにしないチャラ男かと』


 未だ爆煙に包まれている笠井は、丘を登り切り、ゲートを開く準備を始めた空知の失言に激怒を口にしている。

 その光景に安堵をした――してしまった瞬間だからか、その既視感とそのモニターに点灯した巨大な光を見逃してしまった。


「笠井ィッ! まだ――」


 ――次の言葉を放つ前に、その巨大な生体反応は爆煙の中から『ウィリアム』の肉体を掴んだ。

 十メートルあるノーマンの全長よりも更に大きな手。それが、鋼の肉体を軋ませて『ウィリアム』の悲鳴を上げさせる。


『グゥッ……クソッ!』


 笠井の声が聞こえる。

 幸い、ゲートを潜る関係でノーマンは堅牢に構成されている。骨こそ折れても心臓は無事のように。コックピットの笠井にまでダメージは及んでいないらしい。

 『ヴィクター』のサブマシンガンで、その巨大な五つ指の右手を銃撃をする――が、まるで水面に弾丸を打ち込むかのようにダメージは確認できない。


『先輩ッ!?』


 空知がモニターに映ったのであろう背後の光景に悲鳴をあげる。だがそれでも、作業を続けてくれているようで、『エリザベス』の腕は機器の組み立てをしている。

 となると――動けるのは僕だけだ。

 爆煙が世界に流れる風によって晴れる。『ウィリアム』を握った巨大な手。その持ち主が僕の瞳に刻まれる。


「ニン……ゲン?」


 口から漏れるのは、冷静を努める頭脳とは違う直感の言葉であった。

 それは、確かに『人間』に近い姿をしていた。目や口をあしらうように穴は開き、先程の『ヒトでなし』よりも輪郭はハッキリしている。

 褐色と白、黄色のまだら模様の肌はツギハギの印象を覚える。だがそいつは、人間でいう胸部までしか、この地上に姿を現していなかった。


「いや……あれは、人間じゃない。あれは、そう……ヒトじゃ、ないッ!」


 そう決めつける。唇が震えているのが自分でも解った。

 その存在に畏怖しているのではない。未だに上半身しか存在しないというのに、明らかにノーマン以上に大きいという現実に恐怖しているのだ。

 あれが、どのように、どうして、ここに現れたかは理解できない。しかし、今はそれよりも笠井だ。


「空知はゲートの作業を続けろ! だが、フィンは借りるぞ。笠井もそれで良いな!?」

『……オーライ! バッチリ狙ってくれや』


 笠井が僕の意図に気づいてくれたらしく、苦笑交じりでそう答えを返す。

 狙う訳じゃない。あくまで狙いはその周囲……本体である巨人にぶつけるのだ。

 『ヴィクター』には特殊権限が存在する。それはあらかじめインプットされているシステムの権利を、譲渡、使用ができる隊長機に与えられた機能。


「エリザベスの、多機能フィンのコントロールをもらう!」


 その宣言が作業をする『エリザベス』に伝播した瞬間、作業に必要がないために停止していた白色のフィンが、それぞれ『ウィリアム』の方向へ向く。

 その先端には……ミサイルポッド。多機能支援機ゆえに装備された防衛兵装は、今、捕らえられた仲間に向けられる。


『こいつ……どんどん、締め付けが強くなって……ッ!!』

「歯を食いしばれよッ!」


 チラと、頭に過ぎる過去の記憶。笠井を撃ち殺した、そんな遠い記憶に立ち止まるほど、僕はもう弱くない。

 そう……自分でも思っている以上に軽く、その引き金は引くことができた。


『ワァッ!?』


 砲台とも言える『エリザベス』に乗る空知が、その衝撃に僅かに呻く。だが、放たれたミサイルの軌道は違わず、『ヴィクター』が定めた照準に従い進み――巨人の右腕を裂くように爆発する。


『グゥゥ……ッ!?』


 爆炎に巻き込まれた笠井の声が聞こえる。だが、モニターの光が消えていないのは生存の証である。

 だからこそ戦慄する――巨大な光は、未だにその輝きを失っていないのだから。


『く、クソォッ!!』

「笠井!」


 黒煙を振り払うように、笠井を握りしめた右腕が振り回される。覗かせる巨大な人型の表情は、仮面を被ったかのように変動はない。

 この世界の太陽を背に、それは影の中、こちらを見つめ——


「……やめろ」


 見せびらかすように、右手を頭上へ掲げる巨人。

 その行為の意味を、本能が理解し銃口を向けるが、その右手の降下は止まらない。


「やめろ……ッ」


 放たれた銃弾は確かに右腕に命中しているというのに、あの『ヒトでなし』のように霧散することなく吸収されていく。

 右手の行き先は、巨人の顔。受け入れるように上を向いたそれは、そこで初めて表情という表情を見せた。

 口を大きく開いて、口角を上げて――


「やめろォッ!!」


 ゆっくりと、自分の右手を、喰った。

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