5:ヒトでなし
右腕の籠手にあたるパーツに内蔵されたブレードを展開しつつも、左手にはサブマシンガンを握りしめて『ヴィクター』はゆっくりとだが、着実に丘を降りていく。
傍らには、二丁のアサルトライフルを構える『ウィリアム』。背後には、腰部のフィン状の支援機器をスカートのように広げて浮遊する『エリザベス』がいる。
『……んで、ソラちゃん。その情報、本当なのか?』
『はい。放ったドローンの内、一基だけが戻ってきていないです。直前に送られてきた映像データも、唐突に真っ暗になった感じで……』
「そして、そのドローンが向かっていたのがこの建築物なわけか……生体反応は?」
『ありません……』
降下をする中で聞かされた、情報を集め終えた空知の報告は、更なる緊張をもたらすものであった。戻ってこないドローンの情報は、即ち何かしらがある証明だ。
現生生物を刺激したか、それとも機械などが排除したか……どちらにせよ、警戒は必要である。
『どうする? 俺が前に出るか』
「……いや、僕が出よう。シェリー3、ワイヤーハンドで繋いでくれ」
『え……エリザベスの腕のですか?』
「あぁ。即席の命綱だ」
『エリザベス』の両腕部に内蔵されている、ワイヤー付きの捕縛用フックを『ヴィクター』の背中に差し込む。
こうすることで、何かあっても空知の元へ急激に後退することもでき、自身の安全を知らせる方法にもなる。
通信手段が遮断される、という最悪な事態も想定に入れつつも、僕は不機嫌そうにする笠井の吐息に気づく。
「……笠井」
『解ってるよ。ちと不満を抱いただけだ』
笠井はそう言うが、彼の性格上では納得はしていないだろう。少なくとも、『ウィリアム』の性能を考えると笠井が適任だ。戦闘に特化しているからこそ、対応力は『ヴィクター』より高い。
だが……こればかりは譲れない。
「臨戦態勢のまま頼む」
『解った。何かあれば頼れよ、相棒』
「あぁ」
鋼の脚が僕の操作で前進する。意識を目の前の建築物へ集中させる。漏れる呼吸を噛みしめて、左手に握るレバーの引き金に指をかける。
音に気付いたのか。それとも先程のドローンに刺激されたのか。
緊張の最中、それは建築物の背後からゆっくりとした足取りで現れた。
「な――?」
同じ肌の色をしている、二足歩行をする生物。腕は二つあり、指も五本ずつある。その姿は我々の世界では全裸ともいえる姿ではあるが、股には何もない――いや。
「顔が……ない?」
首はある。顔も輪郭はある。だが問題は、およそ人間の心を示すための表情がない。目も、口も、鼻も、耳も、髪も……凹凸のない、ただのんめりとした顔だけがある。
『えっ……せ、生命反応、確認……およそ、人間の主成分と同じです……』
『……おいおい。この世界の人間は、のっぺらぼうにでもなっちまったのかよ』
「可能性は否定できない。だが」
そういうこともある、と認識するしかない。それに、まだ人間ではないと判断できるわけじゃない。この『およそヒト』である生物に生殖機能が存在し、それが我々の知る人間を生み出せなるならば……これは『人間』である。
警戒心を与えないために、左手の銃を左腰の爪に引っ掛け、右甲から伸びる刃も収納する。そしてゆっくりと、対話ができる距離まで近づいて――
『ミヤッチッ!!』
「――ッ!?」
笠井の叫びが、自身の直感に響きをもたらす。瞬間、鋼の足は大地から離れ、後方へ、ワイヤーに引っ張られる。
そして前方――『およそヒト』である生物は、その形相を変えていた。その腕は鋭利な肉質な刃のようになっている。そして襲いかかってきたのだ。
それだけならば、敵対行為で済む。
だが諦めなければならない――代わりに失った頭を見て。あれは、『およそヒト』ではなく『ヒトでなし』と。
「スゥ――ッ!」
切り替えるように息を吸い、後退の勢いの中で腰のサブマシンガンへ手を伸ばし、その引き金を乱雑に引いた。点ではなく、面を撃ち撒くサブマシンガンは、その雑多な銃撃でもその『ヒトでなし』の肉体を撃ち抜く。
が——肉体は液体のように弾け飛び、べちゃりと周囲に散らばった。
『と、溶けた……!?』
『液体人間、ってか?』
「……少なくとも、人間は固体だな」
どのような経緯で人間と同じ成分に至ったかは解らないが、少なくとも僕達の記憶にある人間は、骨、筋肉、皮膚と固体の集合体であったはずだ。
弾け飛んだ肌色の水は、土に染みるようにコンクリートの中へ湯気を立てて消えた。
『エリザベス』の前方まで下がり、やっと張り詰めていた胸の空気を吐き出す。安堵の吐息。しかし、『ヴィクター』の瞳は非現実的な光景を観測する。
『せ、生命反応大多数……き、急に出てきました!?』
「感知している。嫌なものを思い出してくれるな……」
突如として、モニターには先程撃ち殺した『ヒトでなし』の反応が湧いたのだ。その数、およそであるが三千。
囮。もしくは餌か。ドローンの介入による警戒から、こちらの攻撃による敵対認定は考えるまでもない。
規則正しく並べられた建築物から、どろりと現れる様はまるでいつかの日のゾンビのようである。
あわよくば建築物を調べ、この世界の情報を手に入れたかったが、そうも言ってられない状況になってしまった。
「全機、撤退準備! 及び、警戒解除……戦闘を許可する!」
『よしきたぁ!しんがりは、ウィリアムに任せておけッ!!』
意気揚々と両手のアサルトライフルを構えて前進する笠井に不安を抱きつつも、後方で状況に困惑する空知に発破をかける。
「空知。僕も応戦する。ゲートを開いてほしい」
『で、でもッ!』
「ゲートを開くということは、真っ先に命の安全が得られるということだ。死にたくないなら、やってくれ」
意地の悪い言い方をしてしまった。だが、命を天秤に乗せるほどではないと空知は恐怖で動いてくれないだろう。
空知の『エリザベス』が急かせられるように後退していくのを一瞥し、未だワイヤーが繋がっていたことに気がついた僕は、応戦する笠井に命令を下す。
「笠井! 後退しつつ援護する。お前もキリを見て下がれよッ!」
『了解だぜ、相棒! ウィリアムは――』
黄色のノーマンが撃ち終えたアサルトライフルを捨て、背部に備え付けておいた小型の二つのガトリングガンを前方へ展開し、それらの引き金に指を添える。
脚部と腰部に装着された、長方形のパーツ――ミサイルポッドも同時にその蓋を開けた。
『殲滅用ノーマン、だからな!』
『ウィリアム』は、その前身に装備された兵器を開き、撃ち放つ。小型ミサイルが煙を残しながら爆ぜていく。銃弾が火花の軌跡で煌めく。
殲滅――それは、我々が征服者である証明でもあった。
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