4:人が暴いた毒

 扉をくぐると数分の間、暗闇に包まれる。異世界を繋ぐ空間。パイプで言う中継地点にあたる箇所。ノーマンを使用する理由だ。

 この瞬間にかかる圧力は並の有機生命体では耐えられない。ゆえに、硬く精密性もあり、火力も備えられる『ノーマン』に搭乗する必要があるのだ。


「まるでファンタジーだ」


 そう、かつて抱いた言葉を口にしてしまう。いつだって、この瞬間だけは夢が見られる。初めて異世界へ跳んだ瞬間を忘れやしない。あのワクワクを。

 小さな夢を抱き、『ヴィクター』は闇を経て、その世界へ降り立った。


『遅いぜ、ミヤッチ』

『主任。指示を』


 機械の足が大地を踏みしめ、鋼が軋む音が聞こえる。

 無事に着地。どうやら、屋外のようであった。

 闇に慣れた瞳が捉えたのは、雲が疎らに浮かぶ青空、広大な緑の芝。そして、目下に確認できる人工的な建築物――文明の痕跡だ。

 笠井の催促に従い、僕はいつもの指示を始める。


「シェリー3は、環境調査を。加えて、索敵のためにドローンも同時に」

『解りました!』

「シェリー2は、僕と共にシェリー3の防衛をしつつ警戒。同時に周囲探索をする」

『うぃうーい』


 このような牧歌的光景とはいえ油断はできない。かつて、このような光景で巨獣に襲われた、という経験もあるからだ。

 それに背後の異世界の扉は、僕達の世界と繋がってると同時に侵略される可能性もある。早く環境調査を終えないと、何が起こるか解らない。

 『エリザベス』の腰部のフィンからドローンが飛び立つのを確認しながら、僕と『ウィリアム』は丘の下に見える建築群に目を凝らした。


『文明の証拠、ってやつか』

「そうなるな。見るからに、僕達の世界で言うプレハブ小屋の集まりに見えるが」

『まぁ、ツリーハウスの集合体よりはマシじゃね?』


 笠井の発言には同意せざるおえない。過去の異世界探索の一例に、獣人が生存した世界があった。調べる限りでは、獣と人間の交配で生まれた生物らしかった。

 問題はその知性が軒並み低かった事と、凶暴であり、何よりも遺伝子レベルで定着した種を分離する事は出来ないと判断された事であった。

 僕と笠井の、初めての異世界探索をした世界だ。


「まともな人間がいればいいんだけどな」

『そこら辺はトライアンドエラーだな』

『先輩方……真面目にやってます?』


 談笑していると思われたらしく、真面目に情報収集をしていた空知が珍しく僕にも文句を言う。

 新人である彼女だが、メンバーがいつも共に仕事をしている間柄か緊張感は少ないようであった。ガチガチに固まるより十分に良い。


「シェリー3はどうなんだ? 環境調査次第では、この地の調査拠点を作ることも視野に入るんだが……」

『……それなんですが、二つほど問題が……』


 歯切れが悪い空知であるが、それは新人ゆえだ。自分達の住まう世界と常識が違うことはよくあること。それを受け入れるまでに時間は要する。


『酸素の代わりに二酸化炭素が充満してる〜、とかなら経験済みだぜ? ソラちゃん、躊躇いなく言っちゃいなよ』

『では……基本的に空気の成分は我々の世界に近しいです。酸素、二酸化炭素、窒素、その他諸々……ですが、一つだけ、有り触れてはいけない物がありました』

「なんだ?」

『放射線……です』


 さすがに、その答えは耳を疑う。

 放射線……彼女が言うそれは、恐らく自然放射線以上の物なのだろう。人が手を出してしまい、そして毒という兵器に変えた物。

 毒も使い方次第ではあり、実際に放射線治療などは存在する。だが、自然界に充満してはならない物だ。


『おいおい……核戦争でもあったのかよ』

「……とにかく、拠点を置くのは無理だな。ノーマンでなら放射線は防げるが、生身では命が幾ら有っても足りない」


 幸い、核エネルギーを動力源としているノーマンは、放射線を通さないように作られている。今すぐの命の危険はないだろう。

 それに、笠井がボヤいた言葉は間違いと言えるだろう。確かに、放射線が渦巻く世界を我々が想起するのは核戦争であるが、それにしてはあまりにも自然が豊かだ。


『ミヤッチ、どうする? 扉に引き返すなら今だぜ?』

「……いや、探索は続行する。だが、厳重に活動してくれ。何かあれば、帰還も視野に入れる」


 違和感の中身を知るよりも、先に行うべきは探索だ。人間の生存できる環境ではないように感じるが、適応した人類がいてもおかしくはない。

 その僅かな可能性を切り捨てるのは、あまりにも惜しい。期待値は下がるが、それでも。


「シェリー3。扉を閉じるための権利を譲渡する。頼めるか?」

『は、はい!』


 扉を閉める行為は、観測している向こう側の世界からすれば探索可能な証明である。同時に、再び開けるには時間がかかるので背水の陣にもなる。

 しかし、万が一にこの世界の何かが我々の世界に侵入することになれば、最悪の事態も考えられる。だからこそ、閉めるのだ。


『と、なると……とりあえず向かうべきはアレだな』

「そうなるな……」


 『ウィリアム』の右手が目下の建築物を示す。『ヴィクター』の瞳から覗く限り、特に変哲もない揃えられたプレハブ小屋の群体だ。

 規則正しくあるそれは、どこか無機質に思えた。

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