3:未知なるディオダティ
異世界探索が政治的命題となったのは、およそ百年ほど前。
ある事情により、各地で発生する異世界への扉、通称『ゲート』を辿り異世界を探る事になった。
異世界――自分達の住む世界を基準にして見る、何かが違う世界。常識や内情、もしかしたら時代も違うかもしれない。そんな、異なる世界。
本来であれば探索の必要はない。だが、それを各国が命題にせざる負えない事情があった。
「久しぶりだね、宮守君」
「えぇ、久しぶりです。メアリー探索事務局長」
異世界探索開始、その前日に僕は因縁深き相手に会話を求められた。
くすんだ金色の髪を持ちながら、少しばかり皺の深い顔に碧色の瞳の持ち主。政治組織に属する、異世界探索機構の長。メアリー・パーシー。
言ってしまえば、僕の元上司である。
「君は……まだ、戦っているんだね」
「そういうあなたは衰えましたね。かつては、僕の機体の操縦権を奪って、仲間を殺させた人だというのに」
「――まぁ、そういうこともあったね」
十数年前。政治が公認した、異世界探索部隊に所属していた僕を引き離したのは、当時指揮をしていた彼女であった。
味方殺しの罪悪は、決して僕のものだけではない。だが、ある意味では同じ咎を背負うべき人が、力なく椅子に座っているのは複雑な心境であった。
「見ての通り色々やられてね。今や椅子に座るだけの機械だよ」
そう、彼女は鋼の義手となった両腕をあげて、お手上げといった様子で苦笑する。
机を介しての対談ゆえ、その足元は見えないが、その言い方からすると足も死んでいるのだろう。
その中でも、彼女は異世界探索に関わろうとするのだから――異常だ。
「直せばいいじゃないですか。今の技術なら簡単だ」
「……自分を殺したくない。それに、私は前線に出られない。出るつもりもない。それなら、今の体を大事にしたいのさ」
……訂正をしよう。彼女は平常だ。
彼女の闘争心は、もはや種火を失った炎なのだ。だから、未だに種火を燻ぶらせる僕の名前を見て呼んだのだろう。
それがかつて同じ罪を背負う事になった――そして、僕を部隊から外す事で一人で背負おうとした、彼女の末路であった。
「君は、まだ探しているのだろう、彼女を?」
「……えぇ。そのために、異世界へ行きます」
「正直、その矛盾した行為を諫めるのが私の役目なのだが……いや、むしろその向上心は大事な糧だ。今や、異世界探索の参加者は少なくなってきているからね」
仕方がないことだ。成果が出ない上、人死にが出る限り、参加する気力が落ちるのは当然。そういう意味でも、僕のような目的をもって参加する輩は重宝するのだろう。
だからこそ、ここから先は部下ではなく、戦士としてメアリーを見つめる。
「……今回の異世界は未知の域だ。名前は『ディオダティ』。先鋒のドローンの情報では、周囲50キロには生物の反応がなかったらしい」
「なるほど……同じ金属のノーマンなら行けるか」
「君は唯一の参加部隊、『シェリー』の隊長をしてもらう。どのような情報でも良い。かの世界が、我々にとって有意義であるか、有害であるかを計ってきてくれ」
力なく頼み込む彼女に、僕は少しの失望を抱きつつも首肯する。
どうであれ、僕が行う事には変わりはない。人を探し、その中で彼女を探し出す……そのたった一つの願いのために。
メアリーの瞳を見ずに、僕はその場を後にした。
=×=×=/=====
異世界探索、当日。
工場でノーマンに搭乗し、ゲートまでトラックで運ばれた僕達『シェリー』は、多少の会話で緊張をほぐし、その一瞬を待つ。
ここから先は真に命懸けだ。扉をくぐれば、そこから先は何の安全もない未知なる世界。そこにどのような有害な生物がいても、生き残る保証などない。
赤いノーマン『エリザベス』に乗る空知が不安を漏らす。
『生きて帰る、だなんて、できるのでしょうか?』
黄色のノーマン『ウィリアム』を操る笠井がいつもの調子で茶化す。
『大丈夫だって。バックアップもとってあるし、どうにかなるっ!』
こういう時、笠井の軽快さは安心を感じさせる。彼は初参加の空知に余裕をもたらしてくれる。おかげで、強張る僕の口角も僅かに上がった。
僕の扱うノーマン、『ヴィクター』の内部モニターに出撃許可の印が浮かび上がる。同時に視界も開き、場所情報がモニター全体に表示された。
洞窟に設置された黄色の光がチラつく。設置されたプレハブ小屋が、ゲートの発見と探索を急かしたのかを物語っていた。
緩やかな緊張もここまで。ここからは、死を前にした生存闘争だ。
「各機、全工程チェック。ノーマンの起動、および武装の確認。続けて、バックアップコアのセッティング」
『シェリー2。オーケーだぜ』
『し、シェリー3。大丈夫です』
「了解。シェリー1、出撃準備完了」
僕の声が聞こえ、黄色のノーマンが僕らの目の前で渦巻く、円状の虚空の穴の前へ立つ。
先鋒は戦闘特化型の『ウィリアム』。太ましい肢体に、背負った二つのタンク。二丁の銃を握りしめ、彼は僕の言葉を待っていた。
「……部隊『シェリー』、異世界『ディオダティ』への侵入を開始する」
『了解! シェリー2、笠井――ウィリアム、出るぞ!』
声を張り上げ、ノーマンは応えるかのように、顔の青い線の如き瞳をブォンと煌めかせた。
肩と脚の噴出口から火を噴かせ、ウィリアムは異世界の扉へと飛び込んでいく。
『シェリー3、エリザベスの空知! 続けて行きますッ!』
次鋒は支援機である『エリザベス』。女性らしい細い体躯。後頭部から生えたケーブルは、尻部に折り畳まれているフィン状の機器に接続されており、まるで髪留めをした金髪のようだ。
未だ残る不安を押し殺すかのように、空知はそう宣言をして扉に飛び込んだ。
残された僕は、後方のプレハブ小屋にいるであろうメアリーを一瞥し、その灰色の人形に問いかける。
「シェリー1、宮守 剣……行くぞ、ヴィクター!」
瞳である水晶体に赤の一つ目が浮かび上がる――そう相棒が応えた事を信じて、操縦席のレバーと足元のペダルを踏みしめた。
少しの浮遊感を前方へ傾け、『ヴィクター』は異世界へとその歩を進めた。
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