2:老いた我が子
翌日、ノーマンの調整をすることになった。
灰色を基調とした操縦席に座り、僕は側方にある肘掛に設置されたディスプレイに手を乗せる。
数秒の間を置き、黒い画面は青い線を描いて、認証完了の四文字を浮かび上がらせた。
『起動完了したか?』
「はい。まだ動いてくれそうです」
電子のノイズが混ざる声がスピーカー越しに聞こえて、愛機が死んでないことを悟る。
先程の声は、我が工場の長であり、自分が扱うノーマン『ヴィクター』の担当者だ。愛嬌豊かでありながら、色々と多才な人。
『OSやパーツは変えてるとは言え、古いには変わりない……今回の探索次第では、マイナーチェンジも検討したほうがいい』
「完全に死ぬまでは使いますよ。馴染んでますし。検討はしときます」
『ヴィクター』は、最初のノーマン『フラン』の設計思想に着目した、試験量産モデルである。加えて言えば、ここから更なる改良を加えた機体が多種に量産されている。
例を出すなら――戦闘能力に特化した『ウィリアム』だったり、最近なら生存能力に特化した『エリザベス』だったりと。
そんな旧型を無理矢理使っているのだから、ノーマン開発チームの古株は嘆くのだ。
『……君が拘るのも解る。フランの直系はこいつしかいない。これ以降は、ヴィクターの子達だ……この子は、お前の子だ』
「よしてください。人形との子を産んだ覚えはない」
『どうだか』
ニシシ、と年甲斐もなく悪戯小僧のように笑う工場長との通信を切って、手元のパネルを操作し目の前で解放されていたシャッターを下ろした。
訪れる静寂は、沸騰しかけた額を冷やすには十分だ。昔のことを知っている人との会話は、どうしても未熟な過去を思い出してしまう。
熱のこもった吐息を捨て、意識を切り替える。
彼の言い方を借りるなら、『ヴィクター』は老いてしまった子のようなものだ。しかし、中身はアップデートを繰り返しており若々しい。シャッターに映る、彼の瞳が見る世界は鮮明で、耳に入る音声もクリアだ。
OSのチェック――武装やプログラミングの再確認をし、少しばかり腕や手を動かしてみる――完了。
「よし……僕と同じで、まだまだ行けるな」
多少の親近感を込めて独りごちに呟き、シャッターを開く。操縦席から立ち上がり外へ。
そこには白衣姿の老齢の男――工場長が降り場の上で『ヴィクター』を見上げていた。
「苦労した子ほど可愛いものはない、か」
「だから子じゃないですって」
「いやいや。まぁ、私からすれば孫みたいなものだが」
彼の横に並び、同じく見慣れた相棒の顔を見上げる。
赤く光る一つ目を隠すように、蛍光グリーンの水晶体のバイザーをかけた顔を見ると、やはり愛情に近いものは覚えてしまう。
全体的に引き締まった細身の体躯。それを灰色の装甲で覆い隠している姿は、身に刻まれた傷跡を必死に隠そうとしているように見えて辛い。
「検討、しときます。こいつも、もう歳です」
「是非とも、だ。使い潰すだけがロボットの終わりじゃない――では、私はもう一仕事してくるよ。バックアップをとる準備のね」
「よろしくお願いします」
まばらな白髪を揺らしながら、白衣の老人は簡易的なエレベーターに乗り込み、さっさっさっと去っていった。
相変わらず元気な人である。
「お〜い! ミヤッチも終わったかー?」
「終わった。今、そちらに行く」
能天気な声がしたかと思えば、『ヴィクター』の頭上の通路に茶髪の笠井が見えた。
彼の機体――『ウィリアム』の調整も終わったのだろう。量産のために更にパーツが大雑把になった分、整備も容易なのは想像しやすい。
もう一度だけ愛機の表情を伺い、僕はこの場を後にする。工場長の言葉ではないが、それこそ子と別れるように。名残惜しく。
「フランとの子、か」
それがちょっと皮肉に思えて、自虐的に笑みを浮かべてしまった。
=×=×=/=====
笠井と合流し、多少の談笑の中。
「あ、ソラちゃん」
「どうもです、先輩。主任も、お疲れ様です」
もう一人の参加者――空知がペコリと頭を下げて労ってくる。整えられた蜂蜜色の髪が少しだけ垂れ、彼女の幼さが少し見えた。
「あぁ、お疲れ。調整、上手くいったか?」
「はい! 最新鋭機である『エリザベス』に乗ることになりました!」
「お、マジで? いいなー」
笠井がそう言うのも無理はない。
空知に与えられた機体は、生存能力、機動性に特化したノーマンだ。危険を伴う異世界探索において機動力は重要である。
一方で笠井の『ウィリアム』は機動性を犠牲にして火力に特化しており、かつ『ヴィクター』にも試験的に搭載されている脱出機構を備えていないので、彼の一言にどれほどの思いが込められてるかは理解できる。
「空知は何回めの参加なんだ?」
「今回が初めてです。自由参加の探索で時間が当てはまったのがやっとでして……」
「マジかー。となると、やっぱ必然的にミヤッチがリーダーだな」
俺、今回で四回目だしよ――と笠井が軽い調子で言うので、空知がこちらでも先輩ですね、と安堵の表情を見せる。
自由参加の探索の機会はそれほど少ない。基本的には国が定めた人物しか参加はできず、今回のようなパターンは確かに稀だ。
かくいう僕も、元々は政府公認の探索者だったのだが……最近は異世界への扉が近辺で見つからなかったのか、お声がかからなかった。
「幸い、ヴィクターは指揮能力に秀でるように設定してある。二人は会社と同じく、できるだけ命令を聞くこと。いいかい?」
「はい!」
「りょーかい!」
勤勉な返しと、軽薄な返しを受けて多少の不安を覚えるが、逆にこの二人で良かったとも思う。
そんな――楽観的な思考は無駄だと言うのに、僕はそう思ってしまった。
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