1:命題という口実

 色彩を欠く風景を見て、僕は僅かばかり温もった息を吐いた。

 目の前に見える白色の壁の建物――職場である「ノーマン製作所第三工場」へ続く道筋。そこに並ぶ桜の花弁が舞い散る。見飽きたので煩わしい。


「だいじょっぶかー?ミヤッチ」

「……大丈夫なら、こんな憂鬱じゃないよ。おはよう、笠井かさい

「うむ、おはよ」


 陽気な声をかけて僕の背後から現れたのは、明るい茶色の髪が眩しい童顔の青年、笠井。

 僕の同期であり、同時に僕の部下だ。二十三歳。子供の気分が抜けていないのか、よくヘラヘラとしているが一応信頼はある。

 私服可の職場なのに、スーツで通っているのは僕と彼ぐらいだろう。


「というか、そのあだ名、やめよう。宮守みやもり つるぎという名前なんだ。お前ならもう少しマシなネーミングできるだろ?」

「まぁ、俺のセンスがあればできるだろうが、今はこれが一番なのさ!」

「……そうかい」


 彼のこの軽さがなければ、と思ってしまうが今はそれが清涼剤だ。

 桜並木を抜けて、黒のスーツに付着した桃色を手で払う。笠井は大雑把に灰色のスーツを脱いで、音を立てて振り払っている。

 ……不器用だ。


「先輩! こんなところでバサバサしないでください!」


 と、僕が笠井を細目で見ていると広がった死角からハスキーな女声が聞こえる。

 笠井を先輩と呼ぶ人物に心当たりがあるとすれば一人しかいないし、何よりもその声はやっと聞き慣れた若い声であった。


「いーじゃんよー、ソラちゃん」

「おはよう、空知そらち

「よくありません。あ、おはようございます、宮守主任」


 空知。

 僕達よりも四つ下の新人の女性だ。冷静沈着、かといってまだ垢抜けてない仕草もする、良い意味でのホープ。

 短くまとめた金髪と、同じく整えたまつ毛の下に見える新緑の瞳が印象的で、着ている服がビジネスライクな私服なのも好印象。


「ほんとなー。俺と同期なのに、なんでミヤッチが先に昇進しちゃうかねぇ」

「先輩、軽薄ですから。責任感ないと思われたのでは?」

「えー。俺そんなに無責任じゃねーぜ?」

「……はぁ」


 単純に、僕の方が功績が良いからなんだけども、笠井の面子のために黙っておこう。

 そうやって工場の事務所に着いたので、先にいる仕事仲間に軽い挨拶をし自分の席に座る。

 机に置いてある二世代ほど前のロボットの模型と、白い額の写真立てがいつものように僕を出迎えてくれた。

 ノーマン、と呼ばれる二足歩行絡繰人形。それがこの模型の完成品の分類の名称だ。僕達はこれを開発する企業に属している。設計、製造、テスト、販売まで。


「なーなーミヤッチ〜……って、あー」

「何があー、だよ」

「ミヤッチがその模型を見つめている時は、大抵何かしらを抱いてる時だ。大方予想がつくから、濁してやったのさ」


 笠井の一言にカチンときて、必要ない、と言いかけたが間違いなく無自覚な正論なので、代わりに再三の溜息が漏れだしてしまう。

 それに、こいつはこのノーマンの意味を知っている。


「フラン、ってのも因果だねぇ」

「何度目だよ、それ言うの。あと、なんだ? 流石のお前でも、仕事が解らないなんて言うなよ?」

「ちげーよ。ほら、これ」


 そう言って笠井が見せてきたのは、A4サイズのポスターであった。武骨な鋼色のロボと共に、中央にデカデカと表示されている文字。それが、僕の瞳に映る。

 『異世界探索同志求ム』。なぜ笠井がそれを見せてきたのか、よく解った。


「週末にあるらしい。ミヤッチ、行くだろ?」

「当然だ。自由参加の探索の機会は滅多にない」

「うぃうぃ、りょーかい。んじゃ、俺が参加のやつやっとくから、今度飯奢ってくれー」

「頼む。そして了解。探索の終了後にでも、な」


 笠井が僕の発言を最後まで聞いたかは解らないが、親指を立ててはにかんだので、まぁ良しとしよう。

 それに、異世界探索に関しては妥協ができないのが実情であった。

 写真立てに挟まった写真には、黒髪で真面目を形にしたような男と、ブロンドのロングヘアーの女が肩を寄せ合って、満面の笑みを浮かべていた。


「フラン……」


 婚約者であった女性だ。そして、今はいない写真だけの人。

 しかし、彼女ともう一度出会える機会がある。それが異世界探索。政府が民間企業に託した、次世代へと導くための未来的活動。

 僕は、異世界へ行き人探しをする。それが自分に残された命題だった。

 ノーマン試験一号機『フラン』の模型のポージングを安定させて、僕は目の前の仕事に取り掛かる。週末の探索に向けて、遺恨を残してはいけない。



     =×=×=/=====



 そして翌日、僕と笠井はもう一人の参加者と共に社長に呼ばれ、正式に異世界探索の参加が決定した。

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