ノーマンズ―異世界探索記録―

紅葉紅葉

0:ひとでなし

宮守みやもりィッ!!』


 その声にハッとし、僕は握っているレバーの引き金の指に目を向けた。

 脳で下した決断とは違い、肉体は震えるだけ。指は、この引き金を引くことに異常にも恐れを抱いている。

 視覚情報をもう一度読み取る――無機質なコックピットのモニターに映るのは、黄色の人型のロボットが、人の姿をした腐敗物の波に飲み込まれようとしている光景であった。

 鋼鉄の四肢は溶かされ、もはや動くことも難しいと判断できる。


『早く撃てッ!』

「し、しかし……」

『グァッ!?』


 非情な上官の指示に戸惑うと、続けて悲痛な叫びがスピーカー越しから聞こえてくる。

 あの黄色のロボット――ノーマンの中にいる友人。軽薄で陽気で、それでいて誰よりも責任感のある同僚の笠井かさい

 右手の引き金を引けば、笠井は死ぬ。僕が操るノーマンの右手に握られた銃が、笠井の命を奪ってしまう。

 そんな行為を許容できるなど、僕の心は認められない。


「……ハッ、ハッ、ハッ」


 呼吸が乱れる。笠井は死を望んでいる。

 それでも、殺すのはダメだ。それはやってはいけない事だ。

 そんな過去を抱いて、僕はこの先を歩いていけるはずが――


『生きろよ、宮守ッ!』

「――ッ」

『今の俺の死が、お前の命に繋がるならッ! お前の、願い、のためならッ――』


 そう、だ。僕には願いがある。

 この世界では達せられなかったけども、まだ続きがある。そのためには、一度ならずとも死ぬわけにはいかない。

 笠井は叫ぶ。ゾンビの腐敗液で、その生身を焼き溶かされながらも。残された声帯を燃やし尽くされながらも――


『俺を、殺して逃げろォッ!!』

「ッ!!」


 心に生じた迷いとは裏腹に、肉体はその言葉に素直に頷いたらしい。引き金にかけられた人差し指が頷き、同時に操るノーマンが握る拳銃から銃が放たれる。

 狙いは正確であった。元より、これしか手はないと考えていた。

 笠井が取り込まれる前に、ノーマンの心臓部を打ち抜いて爆発を起こす。そうすれば、笠井は笠井として死ぬ事ができる。そしてその間にも僕は逃げる事ができる。

 だから――僕は飛び散る腐敗物に背を向けて、その操るノーマンの名を呼ぶ。


「……生きる……生き残るぞ、『フラン』ッ!!」


 そうしないと、罪の意識に目を向けられなかった。逃亡に必死にならないと、笠井に責められる幻覚を見てしまいかねなかった。

 黄色の爆発と衝撃を背に、灰色のノーマン『フラン』は、上司が開けたポッカリと空いた穴――異世界へと繋ぐ扉へ飛び込む。

 音が消える世界の中、僕は震える右手を左手で抑えるしかなかった……。



     =×=×=/=====



 どのような過去であれ、その罪が消える事はない。

 味気のない現実を受け入れて、僕は黒のスーツを羽織る。今日もまた仕事だ。

 僕の願いは、まだ叶ってなどいないのだから。

 生き終わらぬ今を、僕は歩んでいる。

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