💘04 過保護なお膳立て
あの時傷つけたことを渉に謝りたい。
もし渉が許してくれたなら、あたし達はよりを戻せるんだろうか。
自分自身がそれを望んでいるように感じながらも、心のどこかでは躊躇うような気持ちもある。
そんなあたしの葛藤は置いてけぼりのまま、リュカは過保護にあたしの世話を焼いていた。
『いいですか。僕が渉さんに話しかけるきっかけを作りますから、ちえりは勇気を出して彼を二人きりで話せる場所に誘ってください。ちえりが言葉に詰まったときは、僕が言葉を選んで耳打ちしますから、彼にその言葉をそのまま伝えれば大丈夫です!』
渉のいる工学部棟へ続く通路をリュカと並んで歩く。
「うーん。そんなにうまくいくかなぁ」
『大丈夫です! ちえりの幸せのために、僕が何としてもうまくいかせますから!』
きっぱりと言いきるリュカの口調から逆に不安を感じるのはなぜだろう。
五限が終わり、渉はきっとこれからバイトに向かうはず。工学部棟の一階出入り口付近をうろうろしていれば彼が出てくるであろうことは予想できた。
建物の中へ偵察に行ったリュカを外で待っていると、慌てた様子でこちらへ戻ってくる。
『渉さんがまもなく来ます! 友人と二人で歩いてきますので、僕が合図したらちえりは気づかないふりをして歩き出してくださいね! ほら、ハンカチを手に持って!』
「あ、うん」
途端に鼓動が一層早く大きく感じられる。
緊張で吐く息が小刻みに震える。
『はい! 歩いてっ!』
リュカの合図に押されて、ぎくしゃくと前へ向かって歩き出す。
緊張の中、耳に神経を集中させると、まぎれもない渉の声が聞こえてきた。
あたしが握っていたハンカチをしゅるりとリュカが抜き取った。
リュカの作戦では、このハンカチをリュカが渉の目の前に落として、彼に拾わせる予定だ。
後ろがめちゃくちゃ気になりながらも、いつ声をかけられてもいいように後姿を意識してゆっくりと歩く。
普段の歩き方を忘れちゃうくらい緊張する。
『あれ?』
程なくして、素っ頓狂なリュカの声が私の耳だけに届いてきた。
さては、ハンカチに気づいてもらえなかったのかな?
『今度こそっ!』
再トライしたらしい。
『ああっ!』
何!? また失敗したの?
『この辺かな……』
目に止まりやすい位置に落としなおした?
『あぁっ……!』
えぇ!? また失敗!?
『あっ! 踏まれたっ!!』
「ちょっとぉ! 何やってんのよっ!」
イラッとして思わず振り返ると、5メートルくらい後ろを歩いていた渉が目を丸くしてこちらを見ていた。
「あっ……」
ヤバい!!
リュカに怒鳴ったつもりが、完っ全に渉に怒鳴ったようになっちゃってるうー!!
「ちがっ……、あの……っ」
ハンカチを受け取って「ありがとう」からの台詞しか用意していなかったあたしは、咄嗟の対応が追いつかず、頭が真っ白になってしまった!
「……どうも」
渉は他人行儀に僅かに会釈すると、あたしの横をすっと通り過ぎる。
どうしよう──!!
何もできずに立ち尽くすだけ……だったのに。
『ちえりっ! 荒っぽいけど我慢してくださいっ!』
後方にいたリュカがすごい勢いで駆け寄ってきたかと思うと──
あたしに抱きついて──
違っ!
これっ!
タックルーーーーッ!!?
ズザザザァッ!!
ひょろっとしたリュカとは言え、背の高い成人男性の体格だ。
そんなリュカの腕の中に抱きしめられたまま、あたしは地面に倒れた上に1メートルほど後方へふっ飛んだ。
「ちえり……っ!?」
ふっ飛んだ勢いで目の前に転がり込んできたあたしを見て、渉がぎょっとして駆け寄ってきた。
「リュカッ!? ちょっと! 何っ!? 大丈夫っ!?」
渉には見えていないだろうけれど、あたしはリュカに抱きしめられたままで。
だから地面に転がっても痛くはなかったけれど……。
でも、リュカは──!?
『
片手であたしを抱きしめたまま、リュカが片手をついて体を起こす。
「ちょっ……。急にどうしたんだよ? 大丈夫か?」
心配してあたしを覗き込んでいる渉に気づいて、これはリュカが作ってくれたチャンスなんだと理解した。
「あ、ごめんね……。ちょっとつまずいちゃって」
「いや、今の、つまずいたとかいうレベルじゃない転び方だけど」
このチャンス、何が何でも活かさなくちゃ、って思った。
あたしにタックルして、転ばせて、渉が声をかけざるを得ない状況を作って……。
自分は地面に転がったまま、あたしの背中を押して立ち上がらせるリュカ。
むちゃくちゃなお膳立てではあるけど、それに応えなくちゃって思った。
「えっとね、渉……。今ちょっと話せるかな?」
「あ、バイト前だから、少しなら……」
渉はためらいがちにそう言うと、一緒にいた友人に別れを告げて工学部棟の中庭のベンチにあたしを誘った。
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