戦った理由と、超えられない強者
雨天紅雨
憧れへと向かう側から、なる側へ
――強いって、なんだろう。
よくよく聞く疑問ではあるが、その時、その状況、あるいはそれまでの経験によって、出てくる答えは違ってくる。少なくともそれが他人ではなく、自問自答の類だった時、まるで鏡だらけのアトラクションルームへと入った時のよう、出口を見失って映った己ばかりを見るはめになる。
だからまずは、区切る必要がある。曖昧なものを明確にするため、その一部分だけを切り取って、わかりやすく。
戦闘においての強者とは、なんだろうか。
まだ学生だった頃の俺ならば、これに対して、手段そのものを知っているか否かだと、そう答えただろう。
相手の一挙手一投足、それらすべてを把握するなんてことは、俺にはできない。だから、相手の行動そのものを〝知っている〟のならば、対応もできると考えた。知らない攻撃には動揺もあるし、裏を掻かれたり不意を討たれたりする。
だから、想像する。想像して想定して予想して、それらへの対応策を充分に練って、それは知っているとばかりに応じればいい――少なくとも、俺には強者がそう見えていた。
俺が知っている強者は二人いる。ともすれば化け物と呼びたくなるほど手が届かず、どうして同じ人間で、しかも年齢も大差ないのに、どうしてこんなにも違うんだと悲嘆に暮れることすらあった相手だ。
特に朝霧に関しては高校も同じであったし、年齢も同じ。更に言えば銃器などを教わった相手でもあるので、痛烈なまでに強者としての印象は強く、それはまるでトラウマのよう、今の俺にも植え付けられている。
だが同時に、感謝もあった。朝霧から教わったことは、それこそ多くあるけれど、間違いなく俺にとってよい成長だったろうし、俺が生きているのもそのお陰だ。
どうしてお前はそんなに強いんだ? そう問えば、彼女は笑いながら言う。
何を言う、私なんぞまだまだ、上にいくらでも強いやつはいる。私をそう評価するのは勝手だが、私はそう思ったことなどない。もっとも、上の連中に追いつこうなどと思ったこともないがな。
わかったのは、強者ほど己のことを誇らない――そんな事実であった。
あとになって知ったが、朝霧はかなり幼い頃、師匠を亡くしているらしい。それを知った時、俺は黙って口にしようとした言葉を飲み込んだ。
俺は父を事故で亡くしてから、中学校に通う俺を育てるため、母親は毎日のよう仕事へと行き、無理がたたって高校入学前に亡くなっている。境遇が同じだとか、そういうことではなく――それは。
悪く言えば、まるで呪いのように、残ってしまう。
俺にとっては、それが母親の背中であった。
強い背中だった。俺のぶんまで働くその背中には、強い意思が見えた。大きく見えた。それが大人の姿で、いつか俺もああなりたいと――そう思ってしまったからこそ、それは、見えなくなっても、いなくなっても、印象として残る。
一人で生きるためには、強さが必要だと思った。母のよう、ちゃんとした大人になるためには、朝霧のような生き方ができなくては、一人前じゃないと。
結果からすればそれは、間違いではなかった。けれど、正しくは、なかったんだろうと思う。
だから、朝霧はどうなんだと、そう思った。
亡くなった師匠に対して、たとえば追い越したいとか、認められた自分でありたいとか、そう考えていたのならば、それは――決して、超えることが現実にはならない壁に向かって、何もない場所への体当たりに似た、そんな行為じゃないのか?
俺が母親という見えない影を追うように。
師匠の痕跡を見つけては、まだまだと自分を戒めるような真似を、してはないのか?
……ああ、だがきっと、朝霧のことだ。
そんなものはわかっていると、肯定しそうなものだ。そして、続くのは。
――それが追わなくていい理由だと、止めるのは貴様の勝手だが?
なんてことを、言いそうである。…………本当に言いそうだな、おい。
しばらくして、強さとは、それを追い求める者に付随するものだ、なんてことも考えたが、俺は実際の戦闘を経験して、それが真理であるかどうかはともかく、少なくとも――現実を見た。
俺の人生において、戦闘と呼べるものは二回あった。一度目は俺らの年代なら、誰しもが経験した、2059年二月に訪れた世界崩壊、妖魔の大量発生による文明の崩壊だ。
無茶をした自覚はあったが、そうしなければ俺は生き残れなかっただろう。
意識を失うまでESPを使い続け、気を失っていたと気付くのは、顔が地面にぶつかっていて、冷たさを感じる時だった。その間は仲間たちが戦線を維持しており、俺はふらふらと立ち上がりながら、また同じことを繰り返す。
止める者はいなかった。だって、その場にいた連中は全員が、同じようなことをしていたからだ。結果的に後遺症が出るほどの惨事の中、限界なんて見えなかったし、気にすることもできなかったのは事実だ。
後になって考えれば、ぞっとする。背筋が凍るなんて比喩ではなく、躰の芯から冷える想いに両手を躰に回し、一人こっそりと、躰をがたがたと震わせていた。何をどうやっても震えが収まらず、なんでだと呟きながら涙も流した。
そうして、俺は二つのことを知った。
勝者とは、生き残った者のこと。
強者とは、それを経験した上で
俺には仲間がいた。
朝霧に訓練を受けた際に一緒だった
あの時も一緒にいて、俺は知っていたからこそ、もう無理だと音を上げることだけは、死ぬまでやらないと、強く思っていた。
そう、知っていた。
俺は彼らよりも経験において勝っていた。それはつまり、同じ訓練を受けていたところで、飲み込みに差が出るもので、簡単に言えば一歩先に行ける。
だから、そんな俺の背中を見て、ららは悔しさと同時に、こっちを見ろと言わんばかりに、足を進めていて、戌井は一人になるのが嫌で、遠くなる背中に近づこうと一歩でも前へ――そんな戌井が、心配そうに振り向くから、佐原は大丈夫だと言う代わりに、少しでも傍へ行こうと踏み出した。
俺が、背中を見せていれば、連中は大丈夫。
だから、俺は追いつかれるわけにはいかないし、先に終わるわけにもいかなかった。
たった一つの矜持が、結果的に俺たちを生き残らせた。
――よくやった。
そう朝霧に言われた時、初めて肩の力が抜けたのを、今でも覚えている。けれど、ああ――朝霧は強いんだと、心底から認めたのは、のちに。
その時の朝霧は、戦闘をしながらもこちらの戦力分布に気を配りながら、相当な無茶をしたらしく、後遺症も俺らとは比べ物にならないほどだったらしいのに――それを。
その一欠けらでさえ、俺たちに悟られなかったことだ。
いつものように。
この程度ならば容易いと言わんばかりの態度と、軽口で。
俺らに対して、褒めることばすら出すのだから、本当に参った。
その経験もあってか、二度目の戦闘は落ち着いたものだった。いや、もちろん規模そのものは、俺とららの二人で対峙したことを踏まえれば、同様とは言わずとも似たようなものだったし、町を守らなくちゃいけないのもあったから、難易度は高かったけれど、不思議と切羽詰まった感じはしなかった。
憧れ、追い続けた人間のように、俺はなれたのだろうか――。
そんな疑問を抱くこともあったが、息子が産まれ、いろいろと失敗しながらも育てて、あれは十三歳くらいになった頃だったろうか。
暇があれば、遊ぶようにして続けていた戦闘訓練。成長途上にある息子の行動は目を見張るものもあったし、俺にとって勉強になることもあったが、けれど遅れをとることはなかった。
一言で表すのならば、未熟だから。
攻撃も防御もわかりやすいし、そりゃずっと面倒を見てきたのだから、視線だけでも考えが読めたりもする。
今日は随分と熱を入れてるんだなと、その日の訓練を終えてみれば、珍しく息子は大の字に寝転がって、こう言うのだ。
「くそう、なんで親父はそんなに強いんだ?」
ああと、俺は納得と共に、思わずこみ上げた笑いを隠し切れなかった。そういえば朝霧も、笑っていたような気がする。
――いつしか。
憧れへと向かって歩いていた俺は、今度は憧れる側になったらしい。本当に、いつの間にこうなったんだ? ……ああ、そういえば、ららもいつの間にか、俺の隣にいるようになったっけな。
けどまあ、わかるよ、朝霧。
「何言ってんだ」
冗談や皮肉じゃなかったんだなあ、これ。
「俺より強いヤツなんか山ほどいる。俺を強いと言ってくれるのは嬉しいけどな。けど、そいつらに追いつこう、なんて思わねえよ」
そう、思うはずがない。
そんなことよりも、今はお前が、俺に追いつくところを見たいからな。
戦った理由と、超えられない強者 雨天紅雨 @utenkoh_601
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