エピローグ

エピローグ

 どうあってもこの状況から生き残るのは無理な話のように男には感じられた。

 眼前には二十を超えるバケモノたちが今にも男たちにその牙をむこうとしている。対して、男たちは僅かに三人。全員がそれなりの経験を積んだベテランの術師と言えど、その数は最初にいた時の三分の一以下になっていた。

 冷や汗が男の額に浮かぶ。

 すでに三度。この一年で異形の災厄の襲来を退けていたことから、多少おごっていたところがあったかもしれない。ついこの間まで対抗する手段は皆無だと言われていた異形の災厄も無敵ではない。一部の神術にはあまり耐性がなく、非常に有用であることが報告され、男たちも実際に異形の災厄の襲来を乗り切ったのだ。

 だが、それはあくまでも数的に災厄とそれほど差がなかったから出来たことだった。

 今回空から降ってきた災厄は三十以上。どうにか十近くの数を討ち取ることは出来たが、その間に仲間たちは次々と倒れていった。一人減り、二人減り、三人が倒れたところでもはや積極的に戦えるだけの力はなくなっていた。そこからは防戦一方の消耗戦だった。


「っ……」


 ぎりりと歯を食いしばり、手に持った剣を握り直す。

 だからと言って、ここで自分まで倒れるわけにはいかない。

 男の後ろには教会が建っている。そこには戦う術を持たない者たちが肩を寄せ合って避難しているのだ。もしここで男たちが倒れれば、間違いなく全員が殺されるだろう。


「――来るぞっ!」


 災厄の一つが動く。

 口述で術を刻んで自身の身体を強化し、剣に神の加護を与える。

 鱗のようなものでびっしりと覆われた災厄が巨大な口をがばりと開いて襲いかかって来る。長く伸びた犬歯のような二本の牙は太く鋭い。噛まれれば、いくら神術で身体を強化していると言っても命は拾えないだろう。


「上等だっ!!」


 剣を真一文字に切り込み、災厄を両断しようとする。

 が……


「っ――!」


 ガチンと甲高い音が響く。

 災厄は剣が当たる前にその口を閉じて、頑強な牙でその刃を受け止めた。そして、勢いそのままに男に体当たりを見舞わせた。


「がぁ――っ!」

「マグナっ!」


 災厄に吹き飛ばされ、男は教会の壁に強かに身体を打ちつけられた。

 致命傷ではない。だが、全身を波打つように伝わった圧倒的な衝撃に身体が痺れ、剣を握るどころか立つことさえままならない。


「く、そ……っ」


 再度災厄が牙を向く。

 他の二人にも災厄が襲いかかり、とても男を助けに行けるような状況ではない。

 動け!

 動け!

 動け!

 必死に男は身体に檄を飛ばすが、満身創痍になった身体はそれに応えられそうにはなかった。

 目の前に災厄が迫る。

 ぱくりと開けられた大口に、男の体が直感的な死を予感する。日の光をさえぎるその姿は死の化身と言って違いなかった。

 瞬間。

 風が吹いた。


「っ!」


 それと同時に男の目の前から災厄が消えた。

 一体何が起こったのか?

 わからないままに顔を横に動かすと、そこには横っ面を大きな槍で貫かれた災厄の姿があった。

 槍を握るは一人の女。輝くような銀の髪をサイドにまとめ、白と紅桔梗で彩られた装束を身に着けている。

 彼女はそのまま槍を引き抜くと、災厄の巨大な身体を勢いそのままに蹴り飛ばした。地面を数メートルも転がった災厄はあっという間に細かな粒子となって霧散する。


「ここは私たちが引き受けた」


 男が呆気に取られている間にも災厄が二体襲い来る。だが、彼女はそんな災厄をまるでモノともしない様子でばっさりと斬り伏せた。

 男も術師だからこそわかる。彼女は、未だかつて見たこともないほどの使い手だ。


「貴女は、いったい……?」

「巫女ですよ」


 別の声が降って来る。

 空を舞うのはまだ十五にもなっていないだろう少女の姿。しかし、彼女には立派な耳と尾があった。忌族だ。

 そんな忌族の少女が手に持った鉄の扇で大きく弧を描くと、宙に漂っていた一匹の災厄が瞬く間に刻まれた。男の仲間たちに襲いかかっていた災厄も、いつの間にか身体に傷を負って転がり、次の瞬間には光となって消えていく。


「ミコ……?」


 少女が地面に降り立ち、バチンと鉄の扇を閉じる。

 瞬く間に五以上の災厄が倒されたが、それでもまだ十以上の災厄が残っている。

 けれど……


「ええ。その通りです」


 また違う声が聞こえたかと思うと、空から光をまとった矢が降り注ぎ、残っていた災厄の全てをことごとく貫いた。

 あっという間の出来事。時間にすれば一分も経っていない。

 それだけの時間で目の前にいた二十以上の異形の災厄全てが屠られ、まず助からないだろうと思っていた状況は覆されていた。

 ゆっくりとまた別の少女が降りてくる。

 鮮やかなブロンドの髪に、大きな黒の弓。


「哀れな人類に味方をした物好きな神と、そんな神に仕えてくれる自慢の巫女たちです」


 少女は静かに地面に着地すると、男に向かって小さくそう微笑んだ。

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星と守護者と王国の姫君 猫之 ひたい @m_yumibakama

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