始動
レカナは大きな都市ではあったが、城塞都市でもなければ戦うことに主眼を置いて作られた都市でもない。人が一定数以上集まれば……それも、戦いというものを生業にしている者たちともなれば、自然と風紀は悪くなるのは道理だった。反教会ということで集まったとは言っても、それ自体があまりにもあやふやな目的であったし、そもそも教会を目の敵にしている人間が全員聖人君主というわけがない。
「……早めに決断をしたのは正解だったかもしれませんね」
とりわけ、ツェミダー神教の祭服をまとったロエルに向けられる視線はあまり良いものではなかった。
もちろん王女が共にいるということもあって誰も手出しをするようなことはなかったが、それでも空気が尖っているのがわかる。この分だと、ここの人間たちが蜂起するのは時間の問題だったに違いない。
そして、レカナを治めるミナッツ公もそれを感じていたのだろう。王女と、そんな王女が聖者として連れて来たロエルの存在に大きく安心したようだった。彼だけではやはりどうにも出来そうになかったようである。
私と夜々の存在をどうするか?
それは私たち四人でも意見が分かれていた。
王女はあるべき人間と妖怪の関係ということで、聖者であるロエルともども旗印とするべきだと考えていたようだったが、ロエルはそれに難色を示した。
あるべき関係ということは理解出来るが、教会に反発をしている人間がみな妖怪に好意を持っているわけではない。ましてや、共に手を取るという理想像はあまりにも今ある現実からかけ離れていてそう簡単に受け入れられないだろう、とのことだった。関係を模索する前に、今は、妖怪を根絶やしに、と考えている教会から主導権を取りかえさなければならない。人間と妖怪の融和を掲げるのは、まずは王女の立場を確固としたものにしてからが最良だろうということだ。
「レイラ……それから、ヤヤはどう思う?」
王女が私と夜々に向かって問う。夜々は
「私は主さまに従うまでです」とわかりきったことを言った。みなの視線が私に向けられる。私は
「私も、ロエルさまの考えを支持します」手短に言った。
理由はロエルが言ったものとは違う。そもそも私は人間と妖怪の融和など微塵も考えていなかったし、今ここにいるのは、ただ一人、王女のためだけと言って良かった。
それでも、私がロエルを支持したこともあって、性急するのは確かに良くないかもしれないな、と王女も納得したらしかった。
結局、私と夜々は極力表に立つようなことは避けることとなった。外套はすっかり夜々のお供となっていて、夜々はこのところ少し窮屈そうにしている。
「ここで私が立ったという情報はすぐに王都に伝わるだろう。軍勢が整えられるのは早いと思う」
「しかし、教会も自由に動かせる部隊はそう多くはありません。各地での反発が思ったより強く、そのけん制に結構な数が割かれています。もちろん、術師が多数いることを考えると単純な数はあまり役に立たないかもしれませんが、数だけで言うならこちらの方が多いでしょう」
「しかし、こちら側にも術師の数が結構あったのは驚いた」
王女の言葉に、ロエルが「教会は教義を理由に術師を好き勝手に使いますからね。嫌になって出ていった術師も少なくないでしょう」と内情を話す。サラトバでも聞いたことだが、やはり術師イコール教会の信者と考えるのは間違っているのだろう。
「どちらにしろ、戦いを長引かせるわけにはいかない。出来れば各地に戦火が飛び火する前に決めてしまいたい。最長でも一週間。出来れば一両日中だ」
地図の一点を王女が指し示す。サラス平原。王都とレカナの間に位置した平原は、ぶつかるのであれば絶好の位置と言える。
「しかし、本当によろしいのですか?」
王女とロエルの会話にミナッツ公が心配そうに口を挟む。
「サラス平原に陣を敷くのに異議はありません。ですが、もう少し各地の集団と意思の疎通を図ってからでも良いのでは? ここに集まっている者たちも言ってしまえば玉石混交。整えてからでないと、万が一の時に逃げることさえままなりません」
「気遣いはありがたい。しかし、本格的に各地と連携を取り始めてしまえば、それこそ国を二分することが決定的になってしまう。崩すのであればまだ教会がその基盤を絶対のものとしていない今が好機だろう」
「このタイミングで教会の主戦力を崩し、レグマン大主教を抑えることが出来れば教会の勢力は瓦解します。こういう言い方をしてはあれですが、レグマン大主教が次期総主教となることが濃厚になっているため、彼に従い、自身の立場を良くしようと考えている関係者も多いのです。レグマン大主教が破れたとなれば、彼らには命をかけてまで戦う理由がなくなるでしょう」
「それならなおさらだ」
王女の表情が凛々しいものへと変わる。まだ子供と言ってもおかしくない年齢でこのような重責を背負わされるのがどれほど大変なものか?
全てではないが、私もその一旦くらいはわかる。
国の命運を握っているという感覚は、まるで背後から死神の鎌を突きつけられているようなものと言っても良いかもしれない。賭けられているのは己自身の命だけではない。そこに住む全ての人の命なのだ。
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