食べても美味しくありません

 霧の中に、生き物の気配があった。パラちゃんは、性質はおとなしいのか、怯えきっているように見えた。


 腰に帯びた大きな剣をゴリさんが構えて、その後ろに、私とパラちゃんが控えているような状況だ。


 いや、だって、怖いし!


「未夜子さん、中にいた方が……」


「いや、だって、一人になるの不安だし……」


 そう言って、ゴリさんの腕にしがみついた。


「わかりました、でも、前に出ないでくださいね」


 うわぁ、頼もしいなあ。ゴリさん、素敵だ。なんか、こんな風に誰かに守ってもらうのって始めてかもしれない。


 目の前に危険がせまってるかもしれないのに、不思議と安心できているのは、ゴリさんがいるせいなのか。やばいなあ、惚れちゃいそうだなあ。でも、ゴリさんと私って住む世界が違う? のかな? でも、このまま戻れなかったら、ずっと、ここにいる事になったら、どうするんだろう。どうぜ無職だったし、こっちの世界にも、仕事って、あるのかなあ。


 あ、でも、もし、このままお店が戻らなかったら、ばーちゃんの住むところが、じーちゃんとの思い出のお店が。……ダメダメ、やっぱり戻らないと。


 そんな事を考えているうちに、生き物の気配がどんどん近づいてきた。

 ……きた。

 …………きた。


 うーん、この世界の生態系が、いまいちわかんないな。

 現れたのは、巨大なコアラだった。

 コアラって夜行性? だっけ?

 あと、樹の上で生活してるんじゃなかったっけ???


 キラリ。と、コアラの目が光った。


 巨大なコアラが、立ち上がる、3メートルはあろうかという大きさに度肝を抜かれると、ゴリさんが、懐から、ゴムボールのようなものを取り出し、コアラの顔めがけて投げつけた。


 ぱぁぁぁぁん! と、ボールがコアラの頭にぶつかってはじけると、目をやられたコアラが、おどろいてあばれ出した。

 あれ? これってもしかしてヤバいんじゃ……。


 コアラは、目をつぶったまま、やみくもに突進してきた。ゴリさんは私を横抱きにして、パラちゃんの手綱をひっぱり、店に戻ってガラス戸を閉めた。


 どぉん! と、コアラがぶつかってきて戸が揺れる。


「……何やってるんですかっ!!!」


 私はゴリさんを責めるように言ってしまった。


「……おかしいな、いつもなら、煙玉で威嚇すれば逃げていくのですが……」


「でも、なんか、怒らせただけっぽいですよ?」


 今もなお、コアラの突進は続いていて、今にもガラス戸にヒビが入りそうな勢いだ。


「ゴリさん、怖い……」


 泣きそうな顔で、ゴリさんにすがると、ゴリさんが、だまってギュッとしてくれた。


「すみません、私がいながら、あなたにこんな怖い思いをさせて……、あなたの事は、私が命に変えてもお守りいたしますから……」


 うわぁ……かっこいい……。そう思いながら、私は、さっきまであんなに不安だったのに、ゴリさんの腕につつまれて、後ろでは、まだコアラがぶつかって来ているのに、何だか安心してしまって、そのままうっとりと目を閉じてしまった。


 カラン! 大きな音がして、ガラス戸の内側にかけてあった札が落ちた。


 表が『営業中』裏が『準備中』になっている札。


 そういえば、ばーちゃんからもらったノートに書いてなかったっけ。


『日暮れ前には、札を準備中に変える事』


 そうだ、もしかしたら。

 私はゴリさんの腕をふりほどき、札を『準備中』が外を向く方向にして、かけなおした。


 すると、瞬時にしてコアラの姿が消えて、外は、普段通りの町に戻っていた。

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