霧の中から現れる

 私は、霧の濃さと、人気のなさに、急に恐れを感じ、店内に戻った。


「すーーーーーっ、はーーーーーーっ」


 深呼吸し、瞳をかっぴらいて見ても、外の様子は変わらない。ポケットに入れたままにしていたスマホを取り出すと、(なんとなくもしかしてそうかな、と、思っていたが)圏外。


 霧の向こうは、夜というのも手伝って、ここがどこなのかがわからない。そして、両隣にあったはずの靴屋も、文房具屋も無くなっている。

 まさに霧の中にポツンと、

『三条傘店』という看板の、祖母の店がぼんやりとうかぶだけ。


 ……ん? 


 何故、電気がついているんだろう……。


 両隣の建物も、電柱も見えない。この家のブレーカーの先はいったいどうなっているのか、確かめるべきかしら。思案にくれていると、遠くの方から、


……ドスン

…………ドスン、ドスン

……ドスン、ドスン、ドスン


と、何か、重量のあるものが、歩きながら近づいて来るような音がする。


 霧の向こうに、ぼんやりとひとつ、明かりがともったように見えた。オレンジ色の、暖かそうな明かり。

 音が、どんどん近づいてきて、ついには、目視でぼんやりと影が見えるほどになった。


「……ん?」


 首をかしげて、視線を変えても、見えてきたのは、アレだ、古代の生き物、恐竜じゃなくて、もうちょっと最近(?)の。

 四足歩行でカバみたいな、秩父だかで化石が出たとか出なかったとか、名前は……、名前は〜〜〜。


「そうだ!パレオパラドキシア!」


 私が叫ぶと、背中に鞍をつけて、人間を乗せたパレオパラドキシアが現れた。


「おや、めずらしい、三条夫人ではない人がいる」


 パレオパラドキシアに乗った人間(に、見える、というか、今、日本語をしゃべった気がする)が言った。


 どちらかというとユーモラスに見えるパレオパラドキシア(しかし長い、もうパラちゃんでいいか)、もとい、パラちゃんにまたがっているこの人間は、男性に見えた。


 舞浜のテーマパークにいそうな、メルヘンチックな衣装に、顔も王子様のようで、髪も金髪。残念ながらかぼちゃパンツでは無かった。重量のありそうな甲冑を身に着けている。あと、顎が割れていた。


 ……コスプレの人? あるいはドッキリ? それか、このあたりってフィルムコミッションとか、そういうの関係ある場所だったっけ?


 下手の考え休むに似たり、だ、せっかく会話が成立しそうな人がいるんだから、聞くのが早いな。と、会話をする事に決めた。


「……三条夫人、ってのは、この傘屋の人の事ですかね?」


「ええ、そうです、こちらのご夫婦には、私が子供の頃から随分とよくしていただきまして、三条氏が亡くなられて、あまりお会いすることもありませんでしたが、本日、めずらしく繋がったようでしたから、こうしてお会いしに参ったのです」


 ばーちゃんだけでなくじーちゃんも知ってるのか、この人。私とそんなに変わらない歳かと思ったけど、実はけっこういい年齢なのか? そもそも、なんだ『繋がる』って。


「そういえば、あなたは誰でしょう? 三条夫人ゆかりの方ですか?」


「あー、はい、孫です」


「お孫様でしたか、では、あなたは未夜子さん?」


 父は一人っ子で、私も一人っ子だ。祖父母に孫は私一人。……そうか、既に名前は知られていたか……。なんかもう、ばーちゃんの知り合いなら、そんなに悪い人ではあるまい、と、思って、私は警戒を解いた。


「はじめまして、私、テュール・アルゲントゥム・ゴルディアス・クラウディウスと申します」


 長っ!名前、長っ!


「三条ご夫妻には、親しみをこめて、私を『ゴリさん』と呼んで下さいました」


 あー……アゴかなー、これなー。アゴのせいかなー。祖父母の絶妙なネーミングセンスは的確に彼の容貌にマッチしていた。

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