日暮れ前には店を閉める事
祖母は、けっこうアバウトな人だった。賞味期限などにもあまり頓着せず、完食してから、あ、ゴメン、賞味期限切れてた、などと言い出す困った人だった。
母にもそういうところがあるので、父は自分の母に似た人と結婚したのだろう。似ているからなのか気が合うのか、嫁姑の仲は円満で、子供の頃からしょっちゅう店に出入りしていた。中学にあがる前には祖父が亡くなり、それ以降は一人でふらっと遊びに来る事もしょっちゅうだった。
思い返すと、確かに日が暮れるといつの間にか店は閉まっていて、暗くなるのが早い冬などは、まだ早いんじゃないの? と、聞くこともあったが、祖母は、
「あー、いいのいいの」
と、手をひらひらさせるのだが、賞味期限や回覧板、地区のお知らせなどに頓着しない祖母が、閉店時間だけはキッチリ守っているところには今考えると違和感があった、ような気がする。
10時頃に店を開け、祖母がいつも座っていたカウンターに陣取る。そういえば、祖母がいつも座っていたから、この場所に座るのは始めてかもしれない。
接客をやったのは、大学時代のアルバイト以来なので、少し緊張したが、1時間もすると、まったく客の気配も無く、店の前を人の波が流れていくのを見るにも飽きて、ラジオを聞くことにした。仕事をしていた頃は気が付かなかったが、ラジオのネタはマニアックで中々おもしろい。いつも聞いているパーソナリティーが日替わりのトーク番組を聞く。
せっかくなので(?)本でも読むかと、図書館から色々借りてきているので、三年ほど前のベストセラー本を読み始めたら、予想外におもしろく、気がつくと正午を過ぎていた。
勝手知ったる祖母の台所でサッポロ一番みそラーメンを作り、カウンターで具の入っていない素ラーメンをすすった。私は袋に書いてある時間より少し長めに、麺がやわやわになるくらい煮込んでから食べるのが好きだ。家でももっと食べたいのだが、母が野菜を入れないとうるさいので、店番をしている間は心ゆくまでサッポロ一番みそラーメン(具なし)を堪能できるだろう。しめしめ。
ぱぱっと昼食をすませて、本の続きに没頭する。自分でも驚くほど集中して本を読んでいたら、……初日に、いきなり日が暮れてしまった。
「おうふ……」
私がアメリカ人だったら「ウップス!」とでも言いたくなるような場面だ。
まあ、結局来客は一人もいなかったし、少々閉店が遅れたところで、どうという事もなかろう。と、ガラス戸の札をひっくり返そうとすると……。
ガラス戸の外、店の外の様子が、少しおかしい。祖母の店の前は駅へ続く歩道で、街灯もあるはずだし、もっと人通りがあるはずだ。
思わず、ガラス戸を開けて外に出ると、周囲は真っ暗な上、濃い霧に覆われている。真っ白なのに真っ暗というのも、なんだかおかしな話ではあるのだが、夜なのだという事がわかるほどには暗く、しかし、霧によって視界が遮られている、とでも言うのだろうか。
「ウップス!」
私は、おでこに手のひらをあてて、呻くようにつぶやいた。
あ、言っちゃった。
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