ゴリ夢霧中〜騎士様はパレオパラドキシアに乗って霧の中から現れる〜

皇海宮乃

傘屋の店番

「いいじゃない、どうせ暇なんだから、おばあちゃん、バイト代は出してくれるって」


 平日の真っ昼間、テレビでは玉ねぎ頭のレディが、ゲスト相手に軽快なトークを繰り広げている時間。外で働く人も多い時間、リビングのソファでダラダラとスマホをいじりつつテレビを眺めていた私(アラサー、独身、無職)に、母が言った。


 厳密に言うと、無職はまだなりたてだ。自己都合の為、雇用保険の受給にはもう少し日数を必要とする為、実家住まいで本当に良かった、と、思っている。


「うーん、でも、しばらくは、雇用保険でのんびりしたいんだけどなあ、あれって、働いちゃうとダメなんでしょ?」


「身内なんだし、そこは、ほら、金額もお小遣い程度だから、いいんじゃないの?」


 ざっくりと、母もアバウトな事を言う。

 となり町で自営業(傘屋)を営んでいる祖母が、ケガで入院した。一週間ほど入院が必要という事で、ほとんど道楽でやっているような店であるし、丸々休んでいてもいいのだけれど、私が仕事を辞めて家でぶらぶらしているなら、店番を頼まれてくれないかと言ってきた。近所の小学生が、やってるかやってないのか、よくわからない店だ、と言って、肝試しにのぞきにくるような古い店構えで、並んでいる品々は日に焼けてしまっている。ショーケースにある黒い洋傘は、私が幼稚園の頃からそのままになっている。時間を止めたような店だ。


「座ってるだけで、おばあちゃんも助かるでしょうし、お母さんもあんたが一日中家にいるとさすがにうっとおしいわ」


 ……チッ、最後が本音か。一瞬毒づきそうになったが、居候の身である。暇なのは確かだし、客がいるのを見たことのないような店だ。リビングでスマホをいじっているのと、やることはたいして変わらない。場所が変わるだけだ。


「あー、わかった、やる。やります」


 だからお母さん、そのトレイの上のラーメンを食べさせて下さい、そろそろお腹がすきました。


「そう? 良かった〜」


 そう言うと、母はテーブルにトレイごとラーメンを置き、とてとてとダイニングチェアに置きっぱなしにしてあったバッグから大学ノートを取り出した。


「これ、おばあちゃんから、対応マニュアル? みたいなやつ」


 それは、私の承諾を得る前に引き受けてきたんじゃないの?

 ……おかーさん、あなたって人は……。


 私はラーメンをすすりながら、大学ノートを数ページめくった。祖母が愛用の万年筆で書いたのだろう。取引先や、起こるであろう事を思いつくままに書き留めた感じの事が並んでいた。


 最後のページに、ひときわ大きく、まるまる一ページ使ってこう書かれていた。


『日暮れ前には、札を準備中に変える事』


 札というのは、ガラス戸に内側からつっている営業中と準備中で裏表になっている札の事だろう。確かに店を開ける時は、カーテンを開いて札を『営業中』に。店を閉める時は、札を『準備中』にして、鍵をかけ、カーテンを引いていた。日暮れ前とは、また随分アバウトだな……と、思いながら、私はノートを閉じて、ラーメンに専念する事にした。

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