第七幕 俺は仕事を終える
頼むからそんなしみったれたこと言うなよ。
人生に疲れる、絶望するには早すぎるだろ。
まだまだ、これからだろう。
赤い空き缶が跳ね、地面にバウンドし、転がる。弾んだ声がワッと重なる。
ガキどもが五月蝿い。
空が青い。
快晴だ。
「くそっ! 夕立だよ! 通り雨だよ! 通り雨が電話ボックスを打ち付けて、聞こえねぇんだよ! こんな、か細い声!」
快晴だ。
「いいか、また一からやり直しだ。終ったらウルセェでも何でも言って、電話を切りやがれ!」
「えっ?」
いくぞ!
「オレだよオレオレ。直也だよ。急に声が聞きたくなって。ああ、最近調子悪いんだよ。少し。でも元気だよ。元気にやってるよ。心配しないで。ただフトコロがさぁ。金足りてないんだよ。ああ、でも大丈夫だよ。心配することなんてない。あと、ちょっと疲れちまってるかな。仕事がさぁ、大変で、向いてないのかもしれないなぁ。でも足掻いてみせるよ。最後まで踏ん張ってみるよ。それで駄目なら駄目でさぁ、再就職すればいいんだし。まだ、もがけるよ。とにかくこっちは少しの浮き沈みはあるけど、元気だよ。とにかく元気でやってるよ」
つばを飲んで、受話器に耳を押し当てる。 そして、しばらくの後
「ありがとう」
声が震えていた。
「なっ、何言ってんだよ。さっさとオレオレ詐欺さんご苦労様、って電話を切れよ」
「ありがとう。もうちょっと、しっかり生きてみる」
「もう、俺には何も残ってないぞ。さっさと切ろ」
「電話を切ったら、また会えるかな?」
それは無理な相談だ。
「そりゃもう会えないだろうな」
「そうですね。じゃあ切りますよ」
「ああ」
沈黙がきまずい。
「さっさと切ろよ」
「最後にもう一度言いたいんです。あなたに会えて良かった。ありがとう」
「ああ、じゃあな」
「ええ、さよなら」
電話は切れた。
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