第二幕 僕は実家に帰る

 何処からか車窓は一変する。あれだけ灰色のビルが詰め込まれた所から、茶と緑が大半を占めるまでになった。ふと流れた赤い鳥居がやけに映えていた。僕は会社の営業をさぼって、つり革につかまっている。

「丸山ー、丸山ー」

 電車を降りる。もう徒歩十数分で僕の実家だ。風が心地いい。ビルがその流れを邪魔しない。夏草の臭い。田舎の空気だ。ヒマワリがしなびた花びらを並べている。

 あの時はとにかく都会に行けば格好いいと思っていた。何か道が開けると思っていた。でも、毎日毎日、嫌がるお客さんの前で、製品を売りつけようと必死に嘘をつくのに疲れてしまった。そう、疲れたのだ。

 『相澤』という表札。僕の実家だ。僕は相澤直也だ。

 鍵がかかっていないのに、中には誰も居ない。これも田舎だからか。台所に入る。大き目のテーブルに椅子が二つ。父と母の分だ。僕のはもうない。冷蔵庫には麦茶が専用のポットに入っている。透明な焦げ茶色が目盛りに律儀にお辞儀している。それをグラスに注ぎ、飲む。ちょっとほろ苦い、懐かしい味だ。その時だった。

 電話のベルが鳴ったのは。

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