#19
「あぁ……俺だよぉ、やったのは……」
先程の爽やかな感じは何処へ行ったのか、親指の爪を噛んで深く絡み着く様な執念深い口調で答える。
「なんで、こんな事すんのよ!!!」
溜まっていたモノが腹から吹き出したのか、アヤメは怒号を上げた。
「伊藤がさ……俺と言う研究者が居るのに、他の大学の男と会っててよ。しかも、楽しそうに話してやがって、終いには俺のサークルに遅刻しやがりやがって。
誕生日プレゼントした時だってそうだ。
ありがとうって、部長さん良い人、尊敬出来るって言ったにも関わらず、直ぐに林田を神だのなんだのと言いやがって。
あんなフィギュアの何がいいんだ? 伊藤が可愛くなる為に俺が必死で歩き回って買った、ネックレスの方が価値あるだろうが。
可愛い伊藤が他の男に騙されない様に、俺が守ってやる意味を込めて贈ったんだぞ?
それに今日だって――」
「田辺さん、それ以上、彼女に近づかないで下さい!」
震える伊藤とそれを抱いて守ろうとする川下。
手を伸ばし伊藤へ近寄ろうとする田辺が一歩踏み出した瞬間に、二人と田辺の間に割って入って静止させたのは林田だった。
それを見て更にイライラする田辺。
「なんだ、お前?」
「い、伊藤さんは、お、俺がちゃんと守ります」
明らかに足が震えている林田。
「要らねぇよ、お前なんか。大体、ガリのお前が守れんのか? 笑わせんな」
「あ、あなたよりちゃんと守れます。お、おお、俺は伊藤さんをこんな恐怖で身体を震わせる様な酷い事をしない。な、泣かせる様な事はしない。お、おお、おおお、おおおお、俺は……好きになった人を絶対に自分勝手に見ませんから!」
顎をガタガタさせ勇気を振り絞り、林田は田辺に大声を浴びせる。
「好きになっただぁ!? お前こそ俺の伊藤から、離れ――」
一瞬だった。
田辺が拳を振り上げた、その一瞬。
瞬発力のあるダッシュで距離を詰め、身体上半身を少し深めにダッキングをすれば、相手のボディーにフックが入る。田辺が正面で喰らっていれば、リバーブローとなったであろう。
グフッと息を詰らせ身体がくの字に折れたところに、顎を跳ね上げるガゼルパンチ。
首が縦に大きく揺れ僅かに膝が伸びた田辺は力なくその場に片膝を着く。
この時には、少し距離を取って助走していて、片膝を着いた田辺の太股を踏み台にしてジャンプし、そのまま空中で右膝を折り曲げ相手の後頭部への膝蹴り。
所謂、
流石に決め手は、デンプシー・ロールでは無かった。
ドチャッと鈍い音と共に顔面で地面にキスする田辺を前に、それを炸裂させ侮蔑の視線を浴びせる一顧傾城。
万治以外が唖然とする中、アヤメは田辺を見下していた。
パンッ!
乾いた音がサークル室内に響く。
倒れこんで動かない田辺を除き、室内に居た全員がその音が鳴った方を向いた。
「あぁ~あ、やり過ぎだっての。皆さんにお願いします。事の詳細は、殴り掛かって来た田辺を、アヤメが何とか制しようとした結果だと言って下さい。揉み合いになるところに偶々彼女のラッキーパンチが、偶然クリティカルヒットしたと言ってください。OK?」
手を鳴らして注目を集めた万治は苦笑いでそう告げた。
「さてと、救急車は要らないでしょう。警察を呼びますか。
今、部長さんがゲロッた事は全部、スマホに録音して置いたんで、警察もちゃんと動くでしょうし。まぁ一件落着ですかな」
フゥ~と大きく溜息を吐いて胸を撫で下ろし、万治は困った様に笑った。
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