第59話 鬼哭啾啾 きこくしゅうしゅう

 僕は、自室でNo23ツゥスリーの資料を読んでいた。

 不死にどれだけ近づけるのか、肉体の限界は、主にこの2点のデータ収集のために生きた彼の気持ちは理解できないだろう。

 ただ、その思いを自身の自滅を加速させてまで、僕にぶつけてきた行き場の無い感情だけは少し理解できる。

 知ってほしかった。

 同じ境遇で産まれ、偶発的に疾患の無い僕に。

 不思議と彼に殴られ、蹴られた感触だけは残っている。

 嫌なものに触れた感触が指先に、いつまでも残るような不快感。

 ただ、そこから感じるのは悲しみと怒りだという点だ。

 まるで呪いの刻印を押されたような感触。


 内出血して紫に変色した身体のアチコチから、怨念が込み上げてるようで、僕は自分の身体を強く両手で抱いた。

 こうしていないと、その怨念が溢れだしそうで…。


 No23ツゥスリーが、ずっと堪えていた感情をぶつけてきた、今日の出来事ですら、彩矢子達にとっては、些末なデータに過ぎない。

 一時の肉体強化を促す試験薬の投与、彼は自ら望んで治験者となったのだろう。


 日々老いていく肉体を一時、飛躍的に向上させる、その代償は、一般人のそれと比べ反動も大きいNo23ツゥスリーも結果は解っていたはずだ。


 命を搾りだして僕の身体に残したアザが呪いでなくてなんなんだ。


(怖かったよ…産まれて初めて…他人が怖いと思った)


 僕は今日、初めて『ヒトの恐怖』を知った。

 同時に故人に思いを馳せることも…。

 悲しいとは思わない、ツライとも、ただ何か喪失感のようなものを感じる。

 失う怖さを今日、僕は知った。


 それは、No23ツゥスリーのことじゃない。

 ナミのこと。


 ナミを失うことを考えてしまった。

 その想像だけで、僕の心はギュッと締め付けられるような微かな痛みを感じた。

 心が痛いなんて、ただの比喩かと思っていたが、そうではないらしい。


 怖いから逃げたいとも思った。

 その答えが僕には解らない。

 何処へ逃げればいいのか?

 逃げてどうなるのか?


 何をどう考えても、僕の頭にはナミのことしか浮かばない。

 ナミと逃げたい?

 ナミから逃げたい?


 違う…ナミに逢いたい。

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