第56話 影隻形単 えいせきけいたん
22時を回った頃、
広い浴槽に身体を浸し、いつもより丁寧に身体を洗う。
自身の足で浴槽のお湯をパシャンと跳ねあげてみる。
(馬鹿なことをしている…子供の頃から…)
幼い頃、彩矢子は
遺伝子工学だけでなく、一般教養や女性らしい振る舞い、化粧なども教えたのは彩矢子だ。
その影響は強く残り、イギリス人を母に持つ
本能的に嫌悪感を抱いた亜紀人も無意識に
彼女は彩矢子によって形成された、もう1人の亜紀人ともいえる。
嫉妬をぶつけてきた
自分と
『野田 亜紀人』NOAの名を名乗れる
彩矢子は、あの男を効率よく育てるために、自分を育てたのだと即座に理解してしまった。
自分は、結果ではない。
その過程であり、実験体に過ぎない云わば「テストタイプNOA」
彩矢子は、自分を観察していたに過ぎない。
だけど…自分に普通に、いやそれ以上に接してくれたのは彩矢子だけ…。
彩矢子の特別であれば、自由の無い施設の生活も苦にならなかった。
彩矢子に抱かれているときは、幸せだった…。
思い出すと無意識に指が自分の身体を這う。
(逢いたかった…彩矢子に…)
それは、否定しきれない感情。
それを打ち消す様に、足を湯船に叩きつける。
バシャーンとお湯が跳ね、自分の顔に掛かる。
顔を両手で拭いて、自分の足を見つめる。
「人魚か…」
髪を乾かし、化粧をする。
彩矢子に抱かれるために…自身を彩矢子に似せていく…。
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