第56話 影隻形単 えいせきけいたん

 22時を回った頃、No68シクスエイトは用意された部屋でシャワーを浴びていた。

 広い浴槽に身体を浸し、いつもより丁寧に身体を洗う。

 自身の足で浴槽のお湯をパシャンと跳ねあげてみる。

(馬鹿なことをしている…子供の頃から…)

 幼い頃、彩矢子はNo68シクスエイトの教育係を務めていた時期がある。

 遺伝子工学だけでなく、一般教養や女性らしい振る舞い、化粧なども教えたのは彩矢子だ。

 その影響は強く残り、イギリス人を母に持つNo68シクスエイトが、どこか彩矢子を感じさせるのは仕方のないことかもしれない。

 本能的に嫌悪感を抱いた亜紀人も無意識にNo68シクスエイトから彩矢子を感じていた。

 彼女は彩矢子によって形成された、もう1人の亜紀人ともいえる。

 嫉妬をぶつけてきたNo23ツゥスリーを嫌悪したNo42フォウツゥ

 自分とNo42フォウツゥは、そんな表面的な嫌悪とは違うのだろう。


 No42フォウツゥに会ってよく解った。

『野田 亜紀人』NOAの名を名乗れるNo42フォウツゥ

 彩矢子は、あの男を効率よく育てるために、自分を育てたのだと即座に理解してしまった。

 自分は、結果ではない。

 その過程であり、実験体に過ぎない云わば「テストタイプNOA」

 彩矢子は、自分を観察していたに過ぎない。

 だけど…自分に普通に、いやそれ以上に接してくれたのは彩矢子だけ…。

 彩矢子の特別であれば、自由の無い施設の生活も苦にならなかった。

 彩矢子に抱かれているときは、幸せだった…。


 思い出すと無意識に指が自分の身体を這う。

(逢いたかった…彩矢子に…)

 それは、否定しきれない感情。


 それを打ち消す様に、足を湯船に叩きつける。

 バシャーンとお湯が跳ね、自分の顔に掛かる。

 顔を両手で拭いて、自分の足を見つめる。


「人魚か…」

 No68シクスエイトは身体を拭き、バスローブを纏う。

 髪を乾かし、化粧をする。

 彩矢子に抱かれるために…自身を彩矢子に似せていく…。

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