第55話 有為無常 ういむじょう

 No68シクスエイトがギリッと歯ぎしりをして彩矢子を睨む。

「あらっ?そんな顔、似合わないわよ、リトルマーメイドさん」

 皮肉な笑みを浮かべて車いすのNo68シクスエイトを見下だすように見返す。

「私を人魚と呼ぶな!!」


 No68シクスエイトの、その目にうっすらと涙が浮かぶ。

「そうよね…先天的なんですもの、あなたに罪は無いわ」

 彩矢子がNo68シクスエイトのロングスカートに覆われた足を、つま先で差しその足をクルクルと馬鹿にするように回す。

「クッ…」

「そうよね、それさえ無ければ、アナタだってNOAを名乗れたはずよね…たぶん」

 悔しげに彩矢子を睨む目には、殺意が込められている。

「もう一度言う…私を人魚と呼ぶな!!」

 言葉にもドスを効かせながら、静かに諭すような仕草で彩矢子に人差し指を向けるNo68シクスエイト

 視えない殺意が彩矢子に向けられる。

 カッと音を立てて足を戻す彩矢子。

「同情してるのよ」

 心にも無い言葉を憐みの感情を込めて溜息を吐くように話しかける。

「ウソを吐け…」

 いかにも可哀想な娘とでも言わんばかりの表情をつくり、No68シクスエイトと目線を合わせるように腰を落とし正面に向き合う。

 視線を逸らすNo68シクスエイト

「本当よ…」

 彩矢子の冷たい両手がNo68シクスエイトの頬に当てられ、何か言いかけたNo68シクスエイトの唇を塞ぐようにキスをする彩矢子。

「今夜、部屋にいらっしゃい…話し合わなきゃね…今後のことを」


 そう言い残して、彩矢子は自分の研究室を出て行った。

 自分の唇にそっと人差し指を当てツツッとなぞるNo68シクスエイト

「今後の事…だと?」

 小さく呟いて、少し考える。

(No9ナインは彩矢子に何を持ちかけたんだ…)

 それを知るためにも、もう少し日本へ居なければならない、そう思うのであった。


 にしても…あの女。

 自分の足を右手で撫でて、複雑な感情を押し殺すように、ふとももを叩く。

(殺したいほど…なのに…)

 感情を抑えきれないまま、唇の内側を強く噛む、血の味が口に広がり、柔らかな痛みが感情の火照りを癒すのを待つ。


 そして夜が訪れる。

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