第19話 Self control 自己顕示欲

 退屈はしなかった。

 あれから1週間、渡されたレポートは『多次元構造』についての論文だった。

 憶測混じりの部分も否めないが、脳の可能性については僕も同意見だ。


「退屈しのぎにはなったかしら?」

「さあね…別に興味ないしね」

「理解はできたんでしょ?」

「まぁね…そのうえで興味がないんだ」

「アナタの興味なんてどうでもいいの、アレを理解できるか否かが重要なのよ」

「そう…でも何もできないよ」

「しなくていいのよ…あなたに期待するのは論文の翻訳じゃないの」

「助かるよ、こんなもの毎日読まされたらたまらないからね」

 僕は、レポートを突きかえした。

「本題にはいっていいかしら?」

「どうぞ…」

「ココで働きなさい」

「断れるの?」

「不満はなに?」

「イライラするんだ」

「ホテルの清掃員は楽しいの?」

「楽しい?…」

 僕の脳裏に彼女の顔が浮かんだ、僕はソレを否定するように

「楽しいわけがないだろう」

 感情を押し殺すような言い方になった。

 彼女はクスッと笑って意外なことを言った。

「いいわ…明日、帰りなさい」

 無言で疑いの眼差しを向ける僕の心を見透かしたように、彼女は言葉を続けた。

「また、此処へ還ってくるでしょ?」

 疑問形ではあったが、その表情には確信が覗く。

 それが僕をさらにイラつかせた。

 壁を殴って、僕は部屋へ戻った。


「感情を抑えることは苦手なのね…姉さんの子供だわ…やっぱり」

 彼女の後ろのドアが開いて、老紳士が入ってきた。

「いいのですか?戻しても」

「構わないわ…またココへ戻るわよ、もう見失うこともないし」

「彼は、専門的な訓練も教育もロクに受けていません」

「そうね」

「20歳を過ぎてますし…その…大丈夫なのでしょうか?」

「彼が言ったのよ…自分が何者か知りたいと…その答えはココにしかないじゃない」

 彼女は老紳士に先ほど戻されたレポートを差し出した。

「なるほど…素養はあると…」

「そう…加筆、修正が施してある…自己顕示欲は強いのよ彼」

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