第9話 Implausible event 信じられないこと

 彼女がホテルを出て、数時間が経っていた。

 スマホの画面を見ながら僕は考えていた。

(連絡してもいいんだろうか…)

 他人との関係を持たない様に生きてきた自分にとって初めての経験だった。

 他人に連絡先を教えるなど、必要最低限に留めてきたのだ、ましてや個人的に連絡先を渡されたことなど…そんなことが自分に起きるなど考えたことも無かった。


 登録はした…そのやり方すらロクに解らず手間取ってしまったが…その時間も少しだけ愉しいと感じる自分に驚いた。


「お疲れです」

 気付けば交代の時間になっていた。

「お疲れ様です…」

「あ~ヒマみたいですね、助かりますよ」

「今日はヒマだったよ、帰るから、あとよろしくお願いします」

「は~い、お疲れっす」


 僕は、荷物をまとめて事務所を出た。

 歩いて帰る途中、コンビニに寄った。

 弁当を選んでいるようで、まったく選んでなどいない。

 ただただ、彼女にメールを送ろうか…どうしようか…それだけを考えていた。

 結局、パスタを買ったと思う…普段、買わないものを買った。

 アパートに帰る頃には少し冷めていたが、僕の部屋にレンジなんてない。

 ほんのり暖かいパスタを食べた。


 そして、スマホで調べたんだ。

 女性がメールを教えるワケ…そう彼女が教えてくれたのはメールのアドレス。

 電話番号でもなければ、Lineでもない。

 少し、そこが気になった。

 あまり最近はメールって聞かないから…。

 それも送るのを躊躇した理由。


 そもそも彼女にしてみれば、そんなに特別なことではないのかもしれないし。

 ただの営業用アドレスかもしれない。


『ユキヤです。今日はありがとう』


 何にありがとう…なんだ?

 僕は、送信するまで何度も打ち直した。

 結局、何て書いていいか解らずに…。

『ユキヤです』


 それだけ送った…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る