少女
『―――る公立高校の女子生徒が殺害された事件で署は――』
1階のリビングに降りると、早速ニュースで例の事件が
報道されていた。
「ちょっとねぇ!あんた!今のあんたの高校じゃない!?
嘘!信じらんない!あんたこの子知ってる?」
と母親がまくし立てるように聞いてきた。
「あぁ、名前だけな。もう報道されてたんだ、
昨日友達から電話あってさ。そりゃもうびっくりした」
「お気の毒にね~。学校とか警察たくさん来たりして大変なことに
なりそうねぇ」
「まぁ、早いとこ犯人が捕まってくれればいいんだけどな」
「あんたの友達とかじゃなければいいのにねぇ」
「どーだろ。その可能性だって無きにしもあらずだからな。
世の中何が起こるかわかんねーし」
「そうねぇ。そういえば、ここら辺で2年前にも事件あった
じゃない?あの時は確か中学生が亡くなったわよね。
あれ、まだ解決してないでしょ。
隣町の中学校でね~。あんたも気を付けなさいよ」
「何にどう気を付けるんだよ。俺は別に人に殺されるようなことは、
してないし、普通に生きてれば何もねぇよ」
「さっき、世の中何が起こるかわからないって言ったの
あんただからね?まぁ何にしろ早いとこ犯人が
見つかってくれればこっちも安心なんだけど」
「まぁ、そういうことだ。あぁ、そうだ。ちょっと今日出かけてくる」
「どこ?」
「図書館。本返しに行ってくる」
「ん。気を付けていってらっしゃい」
自転車を5分ほど漕ぐと緑の屋根をした、
夜中、無人駅と化す小さな駅につく。
掲示されている時刻表を見るとあと3分で電車が
発車されるようだ。
ICカードを改札にかざし、3分待つ。
そして、轟音を立てながら銀色の車体に赤い装飾を
施した電車がホームに着いた。
平日の昼間ということもあって、乗客は
お年寄りと中年女性が多い。
これから部活だろうという格好の中高生も
ちらほら見える。
とはいえ、乗客の絶対数は少ないので、難なく
座席に腰を下ろすことができた。
白い無地の手提げカバンから、『羊雲をみたときに』を取り出して、
ページを捲る。
程なくして目的の駅へと着いた。
駅から出て数分南へと歩くと図書館が見えてくる。
比較的大きな駅なので、夏休み中の小中高生や大学生で
あろう人たちで賑わっていた。
三階建ての建物で全体的に黒い色をした、
大きな箱のような形をした図書館は敷地面積が
広く、さすが市内で最も大きい図書館だけある。
その分、蔵書数も多いため電車を使ってまで
来る価値はある。
受付で本の返却手続きを済まして、小説コーナーに向かう。
広い階段を上って二階にあがり、直ぐに左に折れたところだ。
作者の五十音順に並べられた小説たちがずらりと並んでいる。
気になる作家のところで立ち止まっては、背表紙を目で追う。
タ行まで、来てふと目に知った名前が入る。千歳亜美だ。
3冊置かれてあり、『羊雲をみたときに』もある。
他の2冊は見たことが無かった。
『刹那の灯』と『昨日見た夕日から』という題だ。
2冊を手に取りカバンに入れた。
買い溜めてある小説を消化しきってない事は、
棚にあげて次を探す。
するとその時だった。
「―――あのっ」
その声は初めどこから聞こえてきて何に向けられたのか
わからなかった。
はたと思考が止まり、周りの音が聞こえなくなる。
そして、肩を叩かれたことで現実世界に戻され、
その透き通る、頭の中に転がってきた声が
自分に向けられたものであると気づく。
振り返るとそこには髪を頭のやや後ろで二つに束ねた、
少女が立っていた。
制服からして中学生なのは間違いないと判断した。
その姿を見て、心臓だけを誰かが後ろから叩いて
いるのではないか。そういう気持ちに陥った。
「あっ、えっと。驚かせてしまってすいません。
その・・・千歳亜美さんの作品読んでいらっしゃるのですか?」
「えっ・・・あぁ。まぁ」
何とか声を搾り出す。
「いや・・・その・・・千歳さんの作品読んでいる方を
見たのが初めてで・・・つい・・・いきなり声を
かけてしまって・・・すいません」
「あぁ。いや、それは気にしなくていいけど・・・
俺も千歳亜美を知ってる人、初めて会ったし。
君も好きなの?千歳亜美」
「えぇ、はい。全作読んでますよ。羊雲を借りられない
ということは、羊雲、読まれたんですよね?」
「読んだよ。これしか読んだことないから、他のも
借りようと思って。それにしても珍しいな」
「ですよね。周りも全然知らなくて」
「だな。どこで千歳亜美を?」
「たまたま、いきつけの本屋で見つけて。
あ、私、美術部なんですけど、
その時、丁度、羊雲の絵を描いてて。
何か運命感じたんですよね」
「なるほどな。俺もほとんどそんな感じ。
たまたま羊雲見たから衝動買いしてさ」
カバンの中から『羊雲をみたときに』を取り出して見せた。
「今日も電車の中で読んでた。もう2周目。
何かまた読みたくなってな」
「ふふっ。何か嬉しです」
「俺も。誰も知らないと思ってた作品読んでる人に
会えるなんてな。あ、なぁ、お腹空いてない?
立ち話も何だし、飯でも食いながら・・・って
ちょっとやっぱりあれか」
「いいですよ!私から声をかけたわけですし。
もっと色々お話がしたいですしね」
「そうか。それならよかった」
受付で貸出手続きを済まし図書館を後にした。
彼女は何も借りない様子だった。
図書館の最寄り駅の近くにあるファミレスに
入り、中央のテーブル席に向かい合って座った。
「あっ。はじめまして。瀬戸成海と申します」
「どうも、はじめまして。俺は相田
よろしくどうぞ」
「失礼ですが・・・相田さんっておいくつなんですか?」
「17歳。高2だよ。えーと。瀬戸さん・・・は?
それ中学の制服でしょ?何年生?」
「3年です。どこの高校なんですか?」
「あー。えっと、ちょっと待ってて」
財布から生徒手帳を取り出して見せた。
あの事件のこともあるし、あまり大きな声で言いたく
なかった。
「なるほど・・・そういうことですか。
今朝、ニュース見ました」
と小声で話してくれた。
「それはそうと、3年生って受験だろ?
申し訳ないな」
「あぁ、いえ、大丈夫ですよ。たまには
こういう息抜きも大事だと思います」
「息抜きになればいいんだけど」
「それで、どうでした?羊雲」
「共感するところが多かったし、何よりも
主人公の気持ちがリアリティー高くて良かった。
そういえば、主人公、瀬戸さんと同じ中学生だし、
俺が思うより面白いんじゃないのか?」
「はい。すっごくわかります。あ、これと同じこと
今日言ったな~何てところもありましたしね」
「小説というよりは、日記って感じで読んでて
ほんと、楽しかった」
「なるほど・・・日記・・・ですか。
確かにその通りですね」
「まぁ、ちょっと後半、ダークな所があっりするけどな」
「ダークな所・・・ですか」
「主人公の先輩が亡くなっただろ?いい先輩だったし、
そこはちょっと、悲しい部分ではあったな」
「えぇ。私もあそこで潤んじゃいましたよ。
主人公にしてみれば、この上ない残酷なことだと思います」
「オチも無ければ、ストーリー性にも欠けてるけど、
そういうところも全部含めて面白い作品だな」
それから、他の小説の話題などで盛り上がり、
気づいたら、空に赤みがかかっていた。
「おっと、結構話してたな。そろそろお開きに
しようか。初対面でもこれだけ話せてよかった。
ありがとう」
「いえ!こちらこそありがとうございました。
あっ・・・あの。もし、迷惑でなければいいですけど・・・」
「うん?」
「連絡先、交換していただけませんか?」
「え?あぁ。もちろん構わないよ」
「すいません。ありがとうございます
また、連絡しますね。今日は楽しかったです。
ありがとうございました」
会計を済まして
二人はそのまま駅まで歩き、お互い逆方向へ
向かう電車に乗るということで別れた。
不思議な一日だった。こんなこと、現実に
あるのかと思うと何とも現実味のないことだ。
小説を読みすぎて妄想していたのかもしれないと
思うほどだったが、スマートフォンの
メッセージアプリに彼女のアカウントが
ある事実は確かだった。
風呂から上がると、何やら両親が
騒がしかった。
テレビのニュースを見て立ち尽くした。
画面に自分の高校が映し出されて、
キャスターが何やら言っている。
右上にテロップで
『女子高生刺殺事件 同校の男子生徒を殺人容疑で逮捕』
とあった。
「おい!梢太!犯人捕まったぞ!」
父親が発泡酒を片手に言った。
「みたいだな。すぐ捕まってよかった」
「もうほんとよね~。でも同校の男子生徒ってあるから、
もしかしたらあんた知ってる人かもね~。
ほんと、何で殺しちゃったのかなぁ~」
「さぁな。まぁ、それもそのうち分かる。誰かの何かの
噂でな」
ドライヤーで頭を乾かして、自室に入り、
スマートフォンを開けると、不在着信が
2件入っていた。どちらも倉島だ。
折り返しの電話をかけるとすぐに出た。
『もしもし!?相田!ニュース見たか!?』
「見た。それで?誰が逮捕されたんだ?」
『聞いて驚け。桐崎隆治だよ』
「はぁ!?おい、それって・・・」
『そのまさかだよ。元彼!新見の元彼だよ!
いやぁ~まじビンゴだろ?あいつん家に
警察来て、パトに乗ってたんだってよ』
「相変わらず、情報網が広いな」
『後輩の友達が見たらしい』
「知り合いなのか?桐崎とその後輩の友達は」
『同じ部の先輩後輩らしくて、すぐに分かったらしい』
「こりゃ、大事になるぞ」
『だな、別れた後でもひと悶着あってグサっと
いっちまったのかね』
「まぁ、色々あるとは思うけど、何も体育倉庫で
殺さなくてもいいのにな」
『それな。怖くて夜入れねぇわ』
「だな。まぁ、タレコミありがとう。それじゃ、またな」
『おう。またなおやすみ』
「おやすみ」
さて、今日も続きを書こう。
今日は色々と詰まってる一日だった。
本棚の一番上の数冊に手を掛けた。
誰も読まない小説 @Ryohey
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