かくて、死神はみえざる死の刃を振るえり


 アーデルハイト・フォン・オッペンハイマーかい。その女騎士アーデルハイトだがいなくなったよ。

 いや、まだ何もしちゃいねえ。ちょっとは落ち着いて聞きいてくんな。

 畜生、俺のほうが苛立ってるみてえだ。巫山戯ふざけた話だぜ。

 どうしたのかって? いまそいつをいおうとしてたとこだ。



 公子様コンラートの率いる魔の森遠征隊が豚鬼オークの大集団と遭遇して敗走したって知らせが都に入ったわけだ。

 殿しんがりを務めたあの女アーデルハイトは名誉の戦死だという。

 へっ! なんの戯言たわごとかよ、女一人でオークを食いとめるだと?

 こいつはどうみたって胡散臭い。

 公子様はみずからのご意志で自宅謹慎中だそうだ。

 つまり、失意のせいで引きこもっているってこった。

 俺はやつの館に忍び込んだ。


 公子様は広い庭園を逍遥ぶらついておいでだった。

 軽装だが一応武器は持ってるか。

 俺は声を掛けてやってから、黒い刃の短刀を弄びながら姿を現す。

 向こうは剣のつかに手をやって身構えた。

 こちらはゆったりとした風情で近づいていく。

 召使い連中はあらかじめ魔眼で眠らせている。

 向こうは突きを放った。

 ちょいと脇へ避ける。

 さらに突いて来るのを、ひょいひょいとかわし、円の足運びをみせてやる。

 今度は薙ぎ払って来る。

 距離を見切って半歩下がる。

 振りかぶったので前へ出て足を払う。

 あちらは地面に片手をいて斜めに切り上げた。

 体を屈して跳ぶ。

 空中では軌道を変えられないとみたようで決め技のつもりの突きだ。

 ふわりと羽毛のように、片手で刃の上に逆立ちし、玉顔つらへ後ろ蹴りを食らわす。

 剣を手放して吹っ飛んで、転がりながら距離をとり、起き上がると俺を睨む。

 お遊びはここらあたりまででいいか。

 みえざる刃が奴の右腕、そして左腕を切り飛ばす。

 叫びは消音の術に呑まれ、力を失った体がくずおれる。


 出血で死なれちゃまずいんで傷口はふさいでやった。

 一度、ふさいだんなら後はもとのまんまにゃくっつかねえ。

 ロープの輪っかを首にひっ掛けて女のことを吐かせる。

 豚鬼オークを足止めするための餌にし、縛り上げて猿ぐつわを噛ませ、置き去りにしたらしい。

 オークってのは醜い癖に好色で、人間の美しい女をりたがる。

 あれだけの美人だ、さぞかしいい餌だったろうよ。



 君は彼女を怨んでいるかもしれないが、あれはあいつアーデルハイトが独断でやったことだ。私は一切無関係だ。

 なにやら私に好意を持っていたようだが、あんな女らしい潤いのかけらもないような、かさかさした女に興味はなかった。むしろ、君の復讐を代行して上げたといっていいだろう。


 だらだら汗を掻きながら、べらべらと喋くりやがる。

 五月蝿うるせえな、そろそろくたばりやがれ。

 立っている樽を蹴り砕いた。体が振り子のように跳ね上がって落ちる。

 ぎしっと音がしてロープが張り詰め、ダンスを踊るようにきりきりと回る。

 公子様は白眼になって舌を垂らし、糞尿を撒き散らしながら痙攣した。

 誰が他人てめえの手なんざ、貸してくれっていったんだ。

 俺がりたかったんだよ。

 まして豚共の餌なぞ、巫山戯ふざけんな。

 こちとら、その女らしさのかけらもねえ糞女に惚れてるんだ。

 あれで結構、汁気はたっぷりあったんだぜ、夜中に一人で自分の体いじくっててよ――。


 騎士団といわず、この国にはいまだ女性蔑視の風潮が残ってる。

 当然だが、女騎士などそれほどいはしない。

 なりたいってのは少ねえ、なれんのはなおさらに少ねえ。

 あの女の性格は最低最悪だったが、剣の腕だけは人並みはずれてた。

 騎士共にしたら自分らより強いし、かわいげない女なんぞ歓迎するか。

 家柄も男爵よりは高いが伯爵より低いって中途半端だ。

 下からは妬まれるし上からはうとまれる。

 女なことの特例を認めないとなりゃ、返っていろいろ面倒やら不都合が生まれる。

 例えば、着替えとか寝る場所とか、お花摘みや糞とかそんなもんだ。

 そこらへんを当たり前みてえに要求してたんでよけい反発をかった。

 いまにしてみりゃ、あいつも必死で肩肘張ってたのかもな。

 そこへ、蔑まれてる盗賊おれの姿を自分と重ねて苛立った。

 なので、目障りになって排除したとかそんなとこだろう。



 公子様コンラートが館から失踪したのち、あいついで騎士達が病死した。

 遠征をいいことに穢らわしい亜人の女でも抱いて、病気を貰ったんだろうと嘲笑をかうことになる。

 実は俺の邪視を食らったせいだがな。

 連中の死体は疫病の恐れがあるってんで、病の者を遺棄すててる死の谷に放り込まれた。


 だが、俺はその頃そこにいはしなかった。

 昼夜を通し、女が置き去りにされた場所へと走ってた。

 そしてやがて、丘陵地帯にオークが築いた石の砦を探り当てた。


 オークは愚鈍だが力は人間に数倍する。

 いくらかでも知恵の回る統率個体が現れて人間の砦をみれば真似ることもできるだろう。

 ましてやそいつが、キングなんてのだとなりゃ、内輪揉めで減らない分だけ、倍々で数が膨れ上がってく。

 今回はそれだな。



 俺は砦へと潜入を開始した。



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