第7話 歩いているだけで、怖がられる

 りおちはうなずいて、森に入っていった。

 森の奥は、泥沼地帯になっていた。

 泥を踏んでしまうと、ずぶりと沈んで、水がしみだしてくる。

 水草のようなものに泥が積もって、その泥へ木の根がはって森を形成していた。

 りおちは木の根づたいに足を運んで、泥を踏まないように歩いた。


 「ふっ!」


 とりおちが掛声を発した。

 力をいれるときに、ふっ、という言葉で、気合をいれるのだという。 

 ふっふっと、飛び跳ねるようにして、森の奥へ進んでいった。


 りおちが瘴気の風下にならないように注意しながら歩く。

 歩きながらわかったのは、皮膚の表面から出る瘴気は、上へ上へ流れていくということだった。

 頭上の葉が枯れるだけで、足もとに生えている草は近づかない限り無傷だった。


 その逆に、下へ垂れて流れる瘴気は、おそらく体の内部から出ているのだと思われた。

 下草が一切枯れていないのは、穴を塞いで、完全に瘴気をせき止めていることを示していた。

 腹を見るとまた少し膨れている。


 「ねえ、見て」


 とりおちが言った。

 その顔を見ると、唇が、人を食べたように赤く染まっていた。


 「これ」


 と赤い果実を見せながら、血のような唾をぺっと吐きだした。

 その赤い果実をかみ続けると、しだいに、唇が鬼のように染まるらしい。


 りおちが、木からまた一つ果実をもごうと、手を伸ばしたとき、バランスを崩して、泥を踏んだ。

 白いふとももが、泥のなかにずぼっと埋まった。


 私は、りおちよりは巨体にもかかわらず、泥を踏んでもさほど足が沈み込まない。

 真っ白い体をして、おぼろげな幽鬼のように見えるのもあって、体が軽いのだとしても、そうなのだろうとそのまま受け入れた。

 それでも、水たまりを歩くと、柔らかい泥の中に足が深く沈んでしまう。

 しかたなく、木の根を伝って歩いた。

 りおちに遅れないように必死についていくのだが、糸がからまった操り人形のように、不恰好な歩き方で伝っていった。


 歩くうちに夜になっていた。

 夜風が吹いている。

 りおちが瘴気の風下になりそうだったので、別の方向へ離れた。

 姿を見失ったが、ふっ、と呼びかけると、真暗な森のなかから、ふっ、と返って来た。


 「ふふっ、ふ、んふっ、ふふふ」


 という二人の声が森いっぱいに響いた。


 その時、暗闇から声がした。


 「◎×!!!」


 言語はわからないが、男の声だった。

 森の奥を見ると、わずかに松明の明かりが見える。

 それを覗いてみようと近づくと、また声がした。


 「□○○×?」


 と呼びかけられたようだった。

 しずかに、声の在りかへ歩いていった。

 暗闇のため、しっかりと足もとを見ながら歩くのだが、時おり木の根から足を踏み外した。

 ガクンと泥のなかに崩れたり、思いきり足を引き抜いて、がにまたに根の上へ踏みとどまったりしながら、いびつな姿で近づいた。

 その時、いきなり松明が高く掲げられた。

 自分の足もとがよく見えた。

 顔を上げた。


 「あ゛ぁあああああ」


 と叫んで、数人の男たちがあっという間に森へ消えていった。

 すると闇の奥で、また声がした。


 「お゛おおぉおあああ」


 となにかに驚いて、更に遠くへ去っていった。

 そのあとに、りおちがきょとんとした顔で歩いてきた。


 「びっくりするなもう」


 と真っ赤な唇で言った。

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