第6話 ヒルが落ちてくるから、服を脱ぐ
「まって」
と少女は言って、服を脱ぎ始めた。
背をむけて、離れたところにある岩に座った。
横目でこちらをちらと見てくる。
「ヒルがおるんよ」
頭上には鬱蒼と木々が生い茂っていた。
「歩いたら、すぐに落ちてくる」
少女の体には、白いヒルが何匹もついていた。
たんたんと、ヒルをとっては投げていく。
手足はよく日にやけていた。
あぐらをくんで、硬い岩にしりを押しつけると、尻尾のつけ根がよく見えた。
尻尾は切れて短くなって、かじりかけの果実のように、汁が光っていた。
「ぴゅーんって、釣れたらよかったんじゃけど、なかなか上がってこんかったね」
「私が」
「うん。じゃけえ、来るな来るなって言ってみたら、来るんじゃもん」
と言ってわずかに笑った。
「あんね、こわいかなーって思っとったら、こわくなかった」
「そうか」
洞穴で聞いたところによると、少女は、りおちという名の巫女で、はるか前に遠くから来た者から文化が伝えられたのだと言った。
山岳の信仰にかかわる移動集団で、他部族との交流はほとんどないため、森の外のことはあまり知らなかったが、聞く限りではこの言語も宗教も彼らの特有のものだった。
火口で釣り糸を垂らすのも伝承された儀式の一環として行われたことだが、すでにその内容の意味は失われ形骸化しているようだった。
「うち、決めた。街までおりる」
と服を着ながら言った。
「しっぽがこんなじゃし、ふつうの人みたい」
りおちは、尻尾だけではなく、背中全体が鱗のようなもので覆われていた。
あざやかな水色の一片が、花びらのかさなるようについている。
わき腹にいくにつれて、それはまだらに散らばって、腹にいたるころには人の皮膚になった。
服を着ると、尻尾の根もとの部分はわずかに膨れたが、ふつうの人の少女に見える。
「火山に帰らなくてもいいのか」
「うん」
と転がった果実を見つめながら言った。
りおちは巫女として、鬼を釣るための身代わりに、僧侶たちにあてがわれていた。
もし帰らなくても生きていけるのなら、そうしたいのかもしれない。
「ついて来ていいよ」
と少女は言ったが、自分がどうしたいのかわからなかった。
「どうするか、歩きながら考える」
と答えた。
どこに行きたいのかもわからないが、歩くことだけは許されていた。
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