第4話 近づいただけなのに、花が散る

 穴から地上へ出ると、夜になっていた。

 暗い森だった。


 「花だ」


 白い花があった。

 近づいて見ようとすると、はじけるように散った。

 あとには、茎だけが残った。

 たとえ絹を巻いていても、縛りのゆるみから、瘴気が漏れ出していた。


 「やっと出れた」


 と、うしろから少女が出てきた。

 軽やかな腰で、草の上へ座って、着物を脱ぎ始めた。


 少女には、洞穴のなかで色々なことを聞いたが、子どものためか、ほとんど明確な答えをもっていなかった。

 しばらくすると、衣服が身軽になり、少女は逃げられる状態になった。

 しかし、こちらをじっと見ている。


 「花だ」


 ふと見上げると、紫の藤が、闇夜に妖しく揺れている。

 ぞっとするほど暗闇から浮き出ていた。


 その時、藤が急速に散り始めた。

 あとからあとから、花かごを返したように、落ちてきた。

 美しさにかられて手のひらを差し出した。


 「あぁ」


 落ちてきた花びらは、すぐに枯れた。

 やがて粉々に朽ちて、風に消えた。

 あれだけ舞っていた藤は、一片も残っていない。


 目の前には美しい花があり、自分の手があり、確かに自分がいる。

 だが、自分の思いに反して、この体が、それを拒んでしまう。


 あらゆるものと隔たれている。

 なにか確実なもの、決定的なものがほしい。

 しかし、この体で、そんなものはあるわけがなかった。


 このような状況で、生きることにどれだけの意味があるのだろう。


 「この体がいけないんだ」


 藤の蔦が落ちてきた。

 土に当たって、ばねのように跳ねると、苦しむ蛇のように枯れ始めた。


 少女はなにか言いたげに口もとを動かした。

 しばらくの間、それを言葉にしようと試みていたが、結局なにも言わなかった。

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